Artspeakgrass
This is a semi-public garden page — a draft, left open on purpose.
木原共さんに教わった
人工美学にも登場したね
大事なのは、アート言葉はスノッブさの発露として捉えないほうがいいってこと。体裁を整えながら語りに体重を乗せるのがむずかしい、ある種の不器用さの現れ → ハンロンの剃刀
- パスカル・ウンベハウンの論文 "Artspeak. The Bullshit Language of Art"(The Polish Journal of Aesthetics 63, 2021)は、artspeakの構文を分析して、それを「喚起的なブルシット(evocative bullshit)」と呼んでいる
- 作家は自律的で批評的で自由だ、という伝統的なアート神話に作品を接続するための言葉づかい
アート言葉に対するモニョり、ほぼcreative codingにだけ向けられているのは申し添えておきたい
2年前のYCAM Interlab Camp #5 「ホモ・コーデンス」対談の時から言ってることは変わりなくて、グラフィックでもアニメーションでも演劇でもクラブでも、いろんなシーンに潜り込んでパラメトリックな方法論を導入することに個人的に愉しさを感じてる 一時バブった残り香なのか分からないけど、「美術」を買い被りすぎだと思う
そもそも (現代) 美術は「感じが悪い」ことが本懐だと思ってるし、この感じの悪さはまだ見たことがないなって所に知的興奮を覚えたりするんだけど、gen art的な感性はそこに合流するにはちょっと惜しい 無理にアートじゃなくても、計算機の文化研究 (Software Studies) やHCI的なものに寄与する方向も面白いと思う
Artspeak的なもので権威性を帯びさせることでしか、居場所を確保できないような表現については、そのままでいいと思う
表現における一種の基礎研究みたいなもので、そういうどう役に立つか分からないものにちゃんと社会で制度的に居場所をつくっておくことは、大事
![「コーポレート・ブルシット(もっともらしいが中身のないビジネス英語)」を愛する人は判断力が鈍い » p2ptk[.]org](https://p2ptk.org/wp-content/uploads/2026/03/bs-open-mind-2.jpg)
