MIDI
『ヴァナキュラー・ウェブ』試訳の一部です。Olia Lialinaによる原文はこちら.
かつてのヴァナキュラー・ウェブは、無音じゃなかった。凝ったページでは、大概MIDI音源が流れていた。MP3がネットに登場する前は、帯域はとても貴重なものだったし、ページに丸ごと1曲つけたいならMIDI一択だった。ローカル環境でしかホームページをテストしないような人たちにさえ、非圧縮の75MBのWAV音源を扱うのは現実的じゃないって気づいていた。MIDIが使われ続けたのには、こうした力学が存在する。そしてその流れは今でもどこかで生きている。もちろん今なら、Macromedia Flashのように、MIDI並みの帯域で高品質の音を使える技術もある。でもFlashは、MIDIが築き上げた膨大な資産に比べて扱いが難しいという欠点がある。
訳注:alicia_keys-falling.mid を変換
FinalCountdown.mid
jinglebells.mid
一番の理由は、フリーのウェブ素材画像と同じように、MIDIの素材集も山ほど出回っていたからだ。クオリティの高さに加えて、ほとんどがファンメイドという背景もあって、MIDIは自由に集めたり使ったり共有したりしてもいい、という感覚があった。一方で音声ファイルがそうした地位に就くことはなかった。あれは明らかに「ウェブの外側」から来た異物だった。むしろCDやラジオの世界の住人だ。でもMIDIは、最初からウェブという環境に馴染んでいるような、そんな雰囲気があった。
http://www.bierstall.de/midi/start.htm
http://www.ezgeta.com/midi.html
http://www.steliart.com/web_designs_midis.html
http://homepage.ntlworld.com/curly.johnson/midis.html
http://www.saturn-soft.net/Music/Music1/MIDI/Chanson/Menu.htm
MIDI素材集が画像素材集と違ったのは、それが需要過多だったということだ。GIF画像みたいに、ウェブページのために音楽を作るという文化はそもそも存在していない。その代わりにあるのは、有名曲をMIDI化したカバーだ。MIDIファイルの出来は、MIDIフォーマットという制約のなかで、原曲の雰囲気をどれだけ忠実に再現できているかで判断された。
つまり、「ウェブ発祥」の音楽ジャンルやスタイルなんてものは無くて、ウェブ音楽は音の質感でしか判別できない。そしてその質感というのは、再生環境ごとに鳴り方が違うものの、いつ聞いてもどこかダサかった。
どうしてこんなことになったんだろう?
MIDI規格ができたのは1983年。もともとは、シンセやサンプラーのような電子楽器同士でデータをやり取りするために策定された。その中には128種類の(グランドピアノ、スティールギター、ドラムといった)標準楽器が定義されていて、それぞれに固定のIDが割り振られている。
つまり、あらかじめ決められた音源パレットを使うのがMIDIの仕様だ。MIDIファイルそのものは音の録音データを含んでいなくて、どのタイミングでどの楽器を鳴らせっていう指示だけを書いた楽譜にすぎない。実際どんな音が鳴るかは、再生する側に組み込まれた音源次第だ。ウェブ音楽の場合は、サウンドカードやソフトウェア・シンセサイザー、あるいはAppleのQuickTimeの性能にかかっていた。HTMLが「こういうふうに表示してね」という指示書きだけを渡して、実際の描画がブラウザ任せであるように。

1983年に標準化された楽器音源を使ってる時点で、MIDIの音は本質的にイタロ・ディスコ(訳注:80年代にイタリアで生まれたダンス音楽)で止まってる。新しくて刺激的なサウンドが出てくることはない。あるのは、古い音の焼き直しだけ。というのも、新しい音を追加すると、既存のMIDIファイルとの互換性が崩れてしまうからだ。ソフトウェアベンダーが「トランペット」の音を勝手に「海王星っぽい謎のファンキー音(honkashizzle)」なんてものに差し替えたら、そのトランペットを使っているMIDIファイルすべてが意図しない響きになってしまう。だから選択肢は一つ、すべての最小公倍数に合わせるしかない。トランペットの音は、ジェームス・ブラウンの『セックス・マシーン』にも、リチャード・ワーグナーの『ワルキューレの騎行』にも、どっちにもハマる感じで鳴らさなくちゃいけない。いや、あえていうなら、どっちも「平等に」ハマらない感じで鳴らさなくちゃいけない。
結果として、ほとんどのMIDIファイルは「誰かが自宅の電子オルガンでヒットソングをこっそり演奏してる」みたいな印象になる。実際にこんな音が鳴ってるのは、村の結婚式とか、ウサギ飼育愛好家の年次集会くらいだろう。
MIDIは、ユーザビリティ専門家にとってこれ以上ないくらい格好の的だった。ほとんどのユーザーにとって気が散って、鬱陶しいものだと見なされていた。特に、CDを聞きながらネットサーフィンしている時なんか最悪だった。
そもそも、ウェブサイトのために作曲されたMIDIはほとんど存在しない。数少ない例外として、伝説的なNetscape 1.1のための『Home』(訳注: 初期ネットアート作品)の作者で知られるミシェル・サミンは、1997〜8年ごろにミニマルなMIDI曲をいくつか書いている。
わりと最近も、2003年末にオンラインコミック『Zombie and Mummy(ゾンビとミイラ)』用にテーマ曲が作られた。
これが結構いいメロディで、音もいい。MIDI規格の制約を理解したうえで、丁寧に作られているからだ。エフェクト無しの「古典的」な旋律中心の曲で、楽器も音で選ばず名前で選ぶという原則に従っている。たとえば「木琴っぽい音」が欲しいとき、今たまたま音が似ているマリンバじゃなくて、素直に「xylophone(木琴)」を楽器名に指定する。そしてHTMLのように、複数の再生環境でテストした上で、微調整までしている。でも、こうした知見がもたらされたのは少々遅すぎた。
というのも、当時登場した流行のブラウザ Firefox は、Windows環境でMIDIを再生できないというバグを抱えていた。しかも開発者たちは、BGMなんて直すほどの価値はないとして放置した。こうして、MIDIは第三千年紀に生き残る術を失った。ただし、サウンドカードがブライアン・アダムスの切ないフレーズを再現しようと頑張っているのを聴いて、特別に心が満たされるような人がいれば、まだ可能性はあるかもしれないけど。
『ヴァナキュラー・ウェブ』試訳 目次
