メールはこちら
『ヴァナキュラー・ウェブ』試訳の一部です。Olia Lialinaによる原文はこちら.







言うまでもないけれど、ページのいちばん下にはいつだって「メールはこちら」ボタンがあった。画像である必要はなくて、テキストリンクでも、リンクのないただのテキストでもよかった。重要なのは、それでもうまくいっていたってことだ。
ウェブがアマチュア文化のものだった頃、それはつまり人々のものだった。ページとメールアドレスの向こうには、質問や称賛、あるいは罵倒を送れる相手として、実在の人間がいることを実感できた。そして人びとは実際に送っていた。
やがて個人サイトのフィードバックに関する要素は控えめになっていったけれど、消えたわけじゃない。「メールはこちら」ボタンは今も残っている。失われたのは、実際に送る習慣のほうだ。
理由はいろいろあるものの、これまでにも触れた通り、オンラインのプロフェッショナル化と自動化、そしてより洗練されたやり取りやコミュニケーション方法へ移行していったことが関係している。フォームに記入し、注文し、更新し、何度もパスワードを入力し、サポートに連絡し、配送状況を追跡し、info@ に連絡し、そのまま決済へと進む。
もちろん、メールによるコミュニケーションはスパムによって大きく評判を落とした。今日、知らない人にメールを書けば、サーバーの迷惑メールフィルターに弾かれるリスクがある。あるいは、見知らぬサイトにメールアドレスを残せば、スパムの洪水に見舞われる覚悟をしなければならない。
サイトの作者と即座にコンタクトを取れる、あの魅力的な選択肢は、最近ブログに取って代わられた。作者に「いいサイトですね!」とメールするより、ブログにコメントを残す1ほうがいい。そうすればサイトに多くの人が訪れるし、あちこちのブログにまた別のコメントが積み重なっていく。カウンターは閲覧数を示してくれても、訪問者の誰もあなたに何も言ってくれはしない。
自分のサイトを訪れた人からメールをもらうことを、わたしは今でも恋しく感じる。星空の背景画像や不格好なフレームレイアウトよりも。ウェブが10年前のような見た目や音を取り戻すことは、これからも時々あるだろう。GIFアニメは忘れられないし、クリスマスにはジングルベルやセリーヌ・ディオンのMIDIが世界中のサイトで鳴り響くだろう。でも、それらが「なんてゴミなんだ!メリークリスマス!」とメールを送らせることはもうない。そうした文化はもう消え去り、デザイナーにできることは何もないと、わたしは思う。
Olia Lialina
2005年2月
スペシャル・サンクス:英語の添削をしてくれたJames Allan へ
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