X未満 2026年10月grass
This is a semi-public garden page — a draft, left open on purpose.
10-31 12:00
「コーディング」をしなくなって感じるのは、形式論理を扱い・理解する伝統ある方法のひとつに触れる機会が、多くの人にとってグッと遠のいたことへの惜しさ
10-28 18:49
数年前、ミドルエイジというにはまだ早い時期に一度クライシスみを感じた
今思えば、「こういう感じでバリバリ業界の第一線で良いものを作るにはこのくらい忙殺されるのが普通なのか」っていうキャリア観にほだされていたのが(超具体的に言えば、たとえば子どもを持つことへの)不安の一つだったのは事実で。そこまで体力ないし、どうしようって
だから自分は、一時的に不健康で不健全な働き方をしてしまっても、そういう背中を見せないようにしたいって思った。業界で活躍されている先達の方々にも、設営で何徹したとか、すごい忙しいとか、その働き方がそんなにヘンなことじゃないかのように公言しないでほしいなっていつも思ってる
木村さんの心配に及ぶまでもなく、忙しいことを自慢だともマウントだとも思わない。むしろそういうノリで(スケジューリングや予算管理と人員配置のなってなさのしわ寄せとしての忙殺ぶりを)恥ずかしげもなく吐露できちゃうんだ、って、少なくともぼくは受け取ってしまう
かくいう自分は、この数カ月は情けないことに大変忙しく、忸怩たる気持ちで周囲の支えと赦しに甘えてしまっている。Aodarumaさんにもちゃんと迷惑をかけてしまった。充実はせど忙しくなく、心穏やかに、それぞれの制作に腰を据えて集中できるように努めたい
10-28 18:15
電気工事物も含む展示の設営で何徹したとか、本当に危ないので、どうか十分なゆとりを取ってほしい(その刃は自分に、本当に忸怩たる思い)
10-27 00:29
岡村浩志さんやGAS西野慎二郎さんとも話していたんだけど、AIハイプにほだされず、粛々とart & tech (& graphic design) のこれからを具体的に考える上で、土屋さんのこの視点って今に外挿するととてもおもしろいんじゃないかって思う って土屋さんにも以前から激推ししてるけど
CBCNET > Dots & Lines > 土屋 泰洋 > 1. レムコールハースからラスメイヤーまで。あるいは情報過剰時代のブレインストームマニュアル(ウソ)デザイナー、アーティスト情報を扱うクリエイティブポータルサイト。インタビュー、ニュース、サイト紹介、クリエイティブ関連の求人情報など。『杉浦康平と写植の時代』以後のミドルブロウ視覚表現史を誰か叙述してほしい DTP革命、(InDesignなどの)組版ソフトのローカライズ、戸田ツトム、PostScriptプリンタ、ジョン・マエダ、Director/shockwave/Flash、長谷川踏太…
自分が書けるのは2010年代以後の個人史で インタラクティブ広告を当時から全く良いと思ってなくて(自分が参加ししたものも含め)、けどこの「浮かれ」が落ち着いたら、Boris Labbé『Rhizome』みたいな真にart & techしたプロジェクトがたくさん世に出るものだと思っていた
Ruffleでまた見れるようになってた tomatoがテレ朝のgenerative identityでやらんとしていたことって、デザイナーがvibe codingでグラフィック生成システムを作って、それでデザインしたりアプリごと納品する、みたいな最近の実践に通ずるんじゃないかって思う
https://www.tv-asahi.co.jp/vi/flash_content/index.html
10-26 18:52
(ユク・ホイ, Perfume) と (ゴッホ, ラッセン) は同型
10-26 18:34
広告業界に対して思うことを訊かれたので目も
- 「アイデア」とか「発想」を降りる必要がある
- 企画として納得させる技術と、形にしたときの気持ちよさへの想像力や身体知は別
- プランニングと実装の逆転が面白い
10-26 13:49
技法面でいえば、perceptual similarity 、マルコフ連鎖とステートマシン、CNCやGコードがこの数年自分の中で熱い
10-23 09:31
「コンテンツ」には音楽や小説だけじゃなくて、抽象的なアイデアも入ると思ってるんだけど、対角線論法やゲーデル文は人生で一位二位を争うくらい喰らった
10-22 18:32
中村陽道氏のデザインもそうだけど、考えのキレの素晴らしさにも自分は感激してるので、今以上に執筆やトークにフックアップされてほしい GDRやTUBとか
10-22 18:31
岡部あおみさんのトーク、用意した原稿を朗々と読み上げるかたちだったのだけど、すごく良かった そもそもが(自分なんかが言うまでもなく)詩情があって論理的な文章なのだけど、活字だとスノッブに見えなくもない美術批評も、書いたご本人の声で読まれると柔和で体重も乗って良いものだなぁって
(自分は拝聴できなかったけど)ひろしまアニメーションの折笠良さんの講演も読み上げ形式だったって聞いた 語りに責任を持ちたいがゆえに、言葉をリアルタイムレンダリングじゃなくプリレンダーしておくのは、その場に足を運んだ方には物足りない所もあるかもだけど、一つの誠実さだなって思う
10-22 18:31
AI系の語りで今おもしろいと思ってるのは、DNNの背後にある数学的・ベクトル空間的なイメージを腹に落としとくと調子いいって話 多様体仮説、Universal approximation theorem、アリムラさんのC4P数理モデル、「圧縮は知性」とか、美学や分析哲学系の方こそ刺さるんじゃないかと思う
10-21 15:11
「いい加減さ」の美学へのへの幻滅についてそのうち書きたい
言葉を尽くすことと、いい加減であることはそれなりに両立する
最近の若い世代のデザイナーがちゃんと言葉と向き合うのは、デザイン業界全体がちゃんと言葉を尽くさなかったがゆえの社会とのディスコミュニケーションに対しての失望と反動なんじゃないかって思うことがある
10-21 15:00
AIによるフロントエンドエンジニア失業、自分がどう代替されるか、もそうだけど、今までエンジニアだけには出来なかった何ができるようになるか、にも目が向けられてほしい デザイナー不要論みたいに、他の職能に露悪的に八つ当たりするでもなく
10-21 14:52
ハイプな言葉づかいは株式会社という制度の本懐だし、ふわふわした言葉は資本の本懐
10-21 14:44
AI失業について思うのは、事物や問題そのものについて考えたり手を動かすのが、生き方として悪手になることの勿体なさ
何の十分条件でもないホワホワとした言葉を操りながら、場作りやポジショニングしぐさだけが台頭して、そうしてしつらえられた場のなかで、具体的にどんなヤバいが生まれ得るかに対するイメージが空洞化する
10-20 00:42
メルカリのミッションが「…マーケットプレイスを創る」から「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」に刷新されたけど、それが結局金貸しUIに占有されることを意味するんだとしたら皮肉だなと思う (手持ちがない消費者にも購買力を、という意味でunleash)
循環ってのが、「金を借りる」「買う」「返済のために出品」というサイクルの全工程をメルカリの中で完結させられて、メルカリがその全てからレントをかっさらうのは、とてもクレバーっちゃクレバー
10-20 00:25
学びの機会、正のフィードバックを起こしがちで、豊かな学びが、また別の豊かな学びを引き寄せるってことになりがち
自分だけがこんなに豊かな学びの機会を得ていいんだろうかっていつも不安になる ダダ漏れさせることで贖う
10-19 20:42
すごい Crochet
10-15 00:49
なんでそんなに美術に期待できるのか
10-14 22:22
Kumiko Noisesシリーズが知らないうちに完結していた
10-14 20:43
いつ観ても好き 10年以上まぁまぁ近い所から制作を眺めてた身として、動かしも含めてdの「画風」だと思ってる 均一な3コマ打ちで、squash and stretchはさせずにリジッドボディ的な硬さがある(3Dロトスコを多用しているのもあるけど)
10-14 13:08
Sigma fp II が出るなら、USB越しのテザー撮影(Picture Transfer Protocol)のユーザーテストは是非自分に参加させてほしい Sigma内部、Capture One開発者に次いで理解が深い自負があるので
10-12 19:18
ギックリ背中…? → ぎっくり腰
10-11 23:05
FIL TOKYO、在りし日のSuperDeluxeもそうだし、イメフォの寺山修司、GASBONにも感じたけど、ピュアな空間は居心地がいい
10-11 22:45
映像作家(filmmaker)でよくて、少なくとも美術家という意味でのアーティストでも、実務家としてのデザイナーでもないっていうのは(それぞれの職能への敬意と尊重の意味を込めて)強調していきたい
10-10 18:22
10-10 11:45
CADのコンストレイント機能でSol LeWittを鑑賞するの、結構可能性を感じる
10-09 22:03
自信を持って空で語れるのがモーショングラフィックスとラーメンズしかないのを実感している
10-09 11:36
『正反対な君と僕』をキャアキャア言いながら観てる
1話の谷くんの描写を見ると、ある時期の深夜アニメのやうな、ナード特有の自分は寡黙で冷静沈着だという自認を感じてしまって気恥ずかしさを覚えていたのだけど、それこそがひとつの偏見だったと思い知らされた ナードとしての自虐は、自虐じゃ済まされないんだなって
とても有難いまとめ…
デザインにしたって編集にしたって、その精神を切り取って拡大解釈するのは、あなたの職能をオシャンティーに飾り立てることには寄与するかもだけど、自分はそれぞれの仕事の実務としての専門性と、言葉の慣用的意味の連続性を尊重したいな、派
個人的な実感として、DTはデザイナー自信の高付加価値化の欲動から生まれたかって言われると、かろうじてデザインエンジニアリング界隈(ただし主たるバックグラウンドは工学寄り)が掠るくらいで、少なくともグラフィック・デザイナーが支持しているものではない
あるいはエグゼクティブクラスの人々に「デザインって大事なんだよ(だから自分らを参謀に加えてね)」という形で上流工程に食い込むための、営業としてのDTならちょい別(水野学さんがDTを支持しているのはそういう側面があると思ってる)
10-06 14:07
Bret Victorだって、あれだけのデモを作っておきながら、「世界中の人々を幸せにする」等とはのたまわずに、「クリエイターは作ってるものへの即時的な繋がりを感じるべきなんだ」っていう至極地に足ついたことをしか言ってない それでいいし、それがいい
10-06 14:02
昨日の言い換え
いち制作者として言論的に主張できることってそんなに多くも広くもないと思う 自分も「みんなそれぞれにextreme user」「企み人の影響力はもうちょい弱まれ」くらいしか言えてないけど、 風呂敷を広げて状況論や批評の批評をやるよりかは、制作も含め多少は面白いことが出来てると思う(といいな)
10-06 11:02
制作者として、実践者として、研究者としてのキャリアを賭してできる主張って、存外ちいさなことなのかも
Larry Teslerも「モードレス・ソフトウェア」という思想を生涯かけて実践して、Bret Victorも「クリエイターは作ってるものへの即時的な手触りを必要としている」を延々やっているわけで(Inventing on Principles)。加藤淳さんもそう。HCIは研究のための研究ばかりがやられていて、それは「トイ・プロブレム」なんて揶揄されているわけだけど、もっと在野の(彼の場合日本の商業アニメやボカロコミュニティーという)個別具体的なクリエイターコミュニティと長く深い関係性をもった実践研究ってのが必要なんじゃないかって言ってるわけで。けど研究にはある種のgeneralizabilityへの圧は存在し、そのことを査読でツッコまれたりもしている(Generalizabilityの幻想)
ぼくも、Adobeをさんざん批判したり、ノンプログラマーにとってのEnd-User Developmentの重要性を説いたりしてるわけだけど(それは大方vibe codingによって解決しつつある)、多分映像制作者ではなく言論人として言えることって、せいぜい「ベンダーの都合のいいようにでっちあげられたend userなんて幻想。人々はみんな何らかの意味でextreme user」くらいなんだろうなって思う。だし、それでいい
10-03 15:29
金木犀の香りだ〜
10-02 20:14
ひろしまで水江未来さんの『WONDER』を(違法アップロード以外で)はじめてちゃんと観たのだけど、最後に故・片山雅博さんに献辞が捧げられていたのが、どういう訳か心を打ったのよな 作品を捧げたくなるような師に恵まれることの素晴らしさを、最近自分なりに理解し始めたというか…
10-02 17:24
「人文的な領域に身を置きたがるデザイナー」(Silvio Lorusso)と、カルチャーめきたい人文系研究者の共犯関係はおおむねダルく感じていて、作り手にとってうんと身近で野暮ったい存在(=ツール)にこそ体重を載せて語り得るものがあると思う つまりはsoftware studiesが流行って欲しいなって話
10-02 17:00
自分がYOSHIROTTENの好きなところは、人文知的に大層なことをのたまってる感じを醸さずに、グラフィックとしてのかっこよさ(オシャンティーさ)を軽薄なままに純化してるところ