THE GUILDはなぜキショいのかvisibility_off
- 前提: キショについて
いつか避けて通れない話題な気がする
けどあるみかんさん散歩を経て、実際にオフィスに行って飾られているアートや本棚を観て、関心領域として持っているところの先入観がすこし変わった。むしろ組織というか法人格としてのTHE GUILDとしては大いに参考になるところがあって、ひとつ僕にとってのモデルになるとすら思う。
個々のクライアントワークとかプロダクトに関して「Flashで職人的なウェブサイトを作っていた人」の外挿として捉えたときに勝手にがっかりしているだけ。そしてそうしたキャリア観 、モノの空洞化を感じているっていう
強調したいのは、人間としてではなく、コレクティブのなかで醸成された価値観やアティチュードにキショさを感じるというだけの話で、個々人とはたぶん友達になれる。baku89#iconの立場は(彼ら彼女らに寄生してそうした振る舞いを発現させる)ミームを憎んで、人間存在を憎まず、なので
- 大島水音さん、ニューQにも所属..?されているんだ グラレコ界で好きな方
- →分人主義
- 「ギルド」の歴史的な意味 → The Post-medium Condition
- なんでんかんでん化
Flashシーンから「前工程」のど真ん中に行ったかの方々が「THE GUILD」を名乗っているのは皮肉が効いている
- それそのものの話をする
単純に仕事や作品がbaku89#iconにとっては面白くない
- PREDUCTは個人的には半々。T溝を掘るところ、3Dプリンターを前提としたアタッチメントがあるところは好き。質感の選び方については、持田 寛太のセンスが好き過ぎるっていうのもあるんだけど、あまりにシュッとし過ぎていて「散らかしてはならない」というアフォーダンスが強い
- Messy Life / Creative Chaosに適う、だらしの無さ、猥雑さをも包みこんでくれるプロダクトのトーンとは何なのか
- 「デスクをすっきり」させるのは、細やかなケーブルオーガナイズへの気配り、美意識ではなく、仕事、労働観そのものの(ある種のモダニズム的)合理化、単純化
- 配線を頻繁に繋ぎ変えたり、Mac Studioをバックパックに入れて運んだり、電子工作をしたりするbaku89#iconは、とてもケーブルをスリーブになんか収めてられないし、ピチッとしたデスク裏マウントにMac Studioを収めておけない
文化の息吹を感じない
- どのガジェットを買ったとか、どのライカ、ミッドセンチュリー椅子を買ったとか、基本的には記号消費の世界
- で、デザインって? クリエイティブって?
けど面白くないからといって、正解じゃないわけじゃない。むしろbaku89#iconよりもずっと正しい仕事をされている。baku89#iconと違って納期を守られているし、丁寧にクライアントないし顧客価値と向き合われている
何より、彼ら彼女らには生活というものがあり、そこにはそれぞれの「ままならなさ」があり、そして誠実に働かれている
奥田透也さんに「僕のこと嫌いですよね?」と訊かれたことがある
嫌いじゃないけど、退屈だと思っています、って喉まで出かかって、最低限の社会性のもと押し留めた
- 「英語学習してます」ポーズについては、惜しい思っている 実際にその英語を活かしている場、それによって生まれたものをデジタルタトゥーとして残していないので
- Flasherとしてやれたことってまだまだあるんじゃないの問題
深津さんには文化が無い。別にサブカルチャーがどう、音楽や映画、アートへの造詣がどうとかそういう感じじゃなくて、広く抽象的な意味での「文」のエッセンスが丸ごと欠如している → 文と武
- 事務所にKAWSとかありましたね ちゃんとアートは買っている
理性的なのが悪いんじゃない。非線形でカオス的な世界を、雑に一次近似しようとすること、それを「世界のエレガントな説明」として捉えているところに、筋の悪さを覚える。「理性」の不徹底
- デスクをスッキリさせるマガジン → Messy Life / Creative Chaosの逆
→ 関係者へ
関係者がこれを読んでいたら、ごめんなさい
人身攻撃はしないまでも、全然考えとしてまとまってないままグチャッと吐き出しているので、多分不快になられることでしょう
けど、ちゃんとお話してみたいです