X未満 2026年5月
本当に「労働」をしているのは一ヶ月のうち長くて5日に留めるのが吉
人日概算 1500USDが丁度いいっていうのはある意味そこからの逆算としても辻褄がある
多少の貯金をしながら東京で行きていける
→ フィーのこと
LLM的な意味での perplexity と temperature には、まだしっくりくる和訳が無い気がする 「温度」もなぁ それをいうと「likelihood = 尤度」も正直気に入ってない
10年前のMdNの取材の対談相手に指名させて頂くくらいに、自分が北千住デザインさんを尊敬しているのはこういうとこ Webそのものの話をしている
編集部的には辻川さんとか映像系を想定していた空気を感じたのだけど。良記事すぎて買った
<b>ホーム</b>ページに還ろう① Footerに置くものとCopyrightの代替|KitasenjuDesign自分のポートフォリオサイト(文字通りの、ホームページ)を作ったときに考えたこと。全てのウェブデザイナーに送る覚書的連載①。Footerについて考える。 Kitasenju Design 北千住のデザインの工事中サイト kitasenjudesign.com フッターといえば、ま…GDRに書いた内容の先には、ホフスタッターがどうドナルド・クヌースのMETAFONTを当て擦り、「生産的集合」としての文化を説いたかって話が続いていくんだけど、久保田先生くらいにしか話せない
プリレンダーとジェネのないまぜ具合に、場数を踏んだがゆえの経験値を感じる
というかジェネVJって、根本的に少しコンセプチュアルになりがち
Maltine Records 20th Anniv. VJing for In the Blue Shirtはあまりうまくいかなかったんだけど、VJブースの後ろから「MUTEKよりおもしれぇ」って野次が聞こえてきたのを思い出す
「考える前にスイッチングができる」楽器的なVJを実現するには、UIも素材もMIDIコンとのアサインもある程度固定的にして、EDMのようにある程度フォーマットのあるジャンルの音楽で、(アーティスト自身の楽曲や、DJの選曲傾向を踏まえて)ちゃんと練習する必要があるのを実感する
大谷たらふさんの新作!
手法の玉手箱だぁ
あと幽体コミュニケーションズの「幽体」部分を初めて意識した
お金のことを考えるのが好きで麦さんのことも好きな人を、バイブスをどう思うかは一旦置いといて、仲間だと思ってみる」 というtettou771さんのアドバイス、あのタイミングで頂けてよかった → Image Cast #261 細かくて調子のいい雑談
名古屋のトラックメイカー特集
foodmanとmarucoporoporoが
山口駿さん、原口沙輔さんの『映像作家100人』の映像を観てかなりぶったまげてる 原体験はモーション・グラフィックスだけど、早々実験映像系へと離れてよかったと少しほっとしている
Creative coding界の名匠であり、よきアンクルである某アーティストとあったときこぼしてたこと:
アートであることには疲れた けど、グラフィックデザイン文化を支える一要素としてのcreative codingには可能性を感じているし、現代美術よりもデザインとして評価されるほうが嬉しい しかもMoMAに収蔵される近道でもある
冗談めかして語ってたものの、自分にも理解できる感覚だなって思った
アートも批評って「感じが悪」くね?って思う
それはアートも批評も、スペクタクルなエンターテイメントと違って「不快さ」というものが常に内在するものだし、その不快さに向き合うこと、内省することがアートなのじゃ、というようなレベルではなくて、なんか余計なことに血の気をあげたり、クネクネし続けてる感じ
『150年』での田中勘太郎さんのハラスメント然り、ゲンロンyのご四方のトーク然り、議論として芯を喰う以前に、結局ノリとスジと相互嫌悪とが薄っすら覆って空気が淀んでいる感じ。馴れ合いとは別に、もっとわきゃわきゃしたっていいし、自分がつくるものに「うっとり」(祖父江慎)していてほしい。
要するに「ボーイズクラブ」って一蹴したいところではあるけど、それも「暗にポリコレに訴える」論法で好きくない
要するに、アート方面の方、「美術」という方法論を買いかぶり過ぎだと思う
話題のGENER8TIONのMVをきっかけに、Romain GavrasのNetflix長編『ATHENA』を観た
JusticeのStressから、M.I.A. や Jamie xx など、過去のMVから描きたいシチュエーションが一貫しているのにニヤリとしつつ、血の気の多い90分にぐったりした
MVやCM出自の監督って、存外ちゃんと「長編映画」然としたものを堅実に撮るというイメージがあるんだけど、この作品の長回しは、物語のなかで必然性があるものというよりも、瞬間瞬間のかっこいい画をlatent morphingしているような感じがした
バトル漫画が苦手で少年漫画をハガレン以外一切通ってないのに、なぜ柔道や圓和道をして、『ファイト・クラブ』が好きなのか謎 Romain Gavras作品に惹かれるのも似た機序 かわいくスノッブなものが好きで、辻川幸一郎作品が好きなはずなのに、ってのを雑に精神分析して納得させて欲しい
理工系の出自を持たれてる方のグリッチ研究や、グラフィックデザイナーの方がvibe codingでツールを自作している話を伺うにつけ、祖父江さんの言うところの「うっとり」する制作のハナシが今また出来んじゃないかって気持ちになる
一回り上の世代、カルチャー博学過ぎてやばい、見下されるかも、って感覚があった けど、興味を持ち始めて12年くらいで、広く薄く掘っていたものが急に繋がり始める瞬間が誰しもある気がする 嬉しく多弁になるんだけど、それがまた誰かを気迫し、そのころ上の世代は「かわいいねぇ」と眺めてる
逆にAIで人の仕事を奪った話ってあまり聞かない
もう少しあってもいいはずなのに
安全性に関わるもの以外の士業やバックオフィス、FP、申請代行コンサルとか
Awwwards/FWA文脈のブティック・スタジオって、「デザインは見た目(だけ)じゃない」っていう態度を取るわりに、企業詩に覆われたLPのように内容のほうがスカスカで、むしろUIの見た目や手触りにフェティッシュっていう捻れがあるのが面白い 嫌味なく、その倒錯性こそが自分は豊かだと思う
—-
少年漫画を(ハガレンを除いて)少年時代に一切通ってないので、未だに「天下一舞踏会」「写輪眼」「シャンクス」がなんなのかわかってない 調べてもない
バトルが読めない 「戦いが嫌い」とかそういう話よりも、漫画のバトル描写を読解するリテラシーが十分に育ってない バトルや試合の間の、人間関係がわきゃわきゃしている描写が好きで、「可食部」と頭の中で呼んでいる 成人してから読んだスラムダンクと鬼滅は後半に行くに従って可食部が減っていく

