Hashimoto   Baku

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Olia Lialina “Rich User Experience, UX and Desktopization of War” (Japanese translation)


オリア・リアリナ & ドラガン・エスペンシード「リッチなユーザー体験」。『Web 2.0の諸要素とともに』(With Elements of Web 2.0、2006年)シリーズより

This is a rough Japanese translation of Olia Lialina's essay ”Rich User Experience, UX and Desktopization of War
(2015).

インターフェイスをただ覗き込むだけでは、それがどんなふうに私たちの見方そのものを形づくっているのかに気づけない。
ボルター、グロマラ『窓と鏡』

このエッセイは、2014年11月7日にベルリン芸術大学で行ったレクチャー『インターフェース批評』(Interface Critique)に基づいている。

RUE

わたしは1995年からウェブページを作っている。2000年には古いページをコレクションし始めた。2004年以降は、土着のウェブ文化(デジタル・コークロア)、ウェブや個人の成長、そしてHCIの発展における個人ホームページの意義についても執筆をしている。

だから、ティム・オライリーが「Web 2.0」という言葉を打ち出し、「リッチ・ユーザー・エクスペリエンス(RUE)の時代が始まった」と宣言したときのことを、わたしはよく覚えている。この流行語は、Macromedia1 が作った「リッチ・インターネット・アプリケーション(RIA)」という言葉に由来していて、それは文字どおり彼らの製品である Flash を指していた。オライリーの「RUE」の哲学も、元はかなり技術的なものだった。ユーザー体験の「リッチさ」というのは、Ajax、つまり非同期に読み込み・実行される JavaScript や XML によって達成されるというわけ。

ウェブはもっとダイナミックで、速く、「すごいもの」になるはずだった。なぜなら、これまでユーザーが自分で意識的にトリガーしていた多くの処理が、バックグラウンドで勝手に動くようになったからだ。送信ボタンを押す必要も、クリックする必要も、スクロールする必要さえなくなり、新しいページや検索結果、画像が、ひとりでに、シームレスに現れるようになった。「リッチ」とは「全自動魔法的」(automagic)という意味であり、まるでデスクトップソフトを使っているかのような体験が目指されていた。

ティム・オライリーは2005年9月のブログ投稿『Web 2.0って?』2のなかで、こう述べている。「いま、われわれはかつてないユーザーインターフェイス革新の時代に入ろうとしている。ウェブ開発者たちはようやく、ローカルなPCアプリケーションに匹敵するほどリッチなウェブアプリケーションを作れるようになったのだ。」3

でも、Web 2.0 は単に新しいスクリプトのテクニックの話には収まらなかった。それは、自動的にインターネットの一部になれるチャンスでもあったんだ。HTMLを覚える必要も、ドメインを取る必要も、なにもなかった。Web 2.0 は、自己表現やコミュニケーションのためにしつらえられたチャンネル、ホスティングや共有の仕組みを提供してくれた。もはや、自分のメッセージをどう伝えるか頭を悩ませる、情報アーキテクトやインターフェイスデザイナーである必要もない。つまり——もうウェブページを作る必要なんてなかったのだ。


『ホームページ』ジオシティーズ・リサーチ・インスティテュート所蔵(最終更新:1999年7月15日17時43分15秒)

当時のわたしには、「リッチ・ユーザー・エクスペリエンス」という言葉とは裏腹に、実際にはユーザー体験がどんどん貧しくなっていく現実は逆説的にも思えた。もうウェブ特有の行動とか、ウェブという存在そのもののを意識したりする必要がなくなっていたのだから。

当時のWeb 2.0は、ユーザー体験を軽視し、否定し続けた約7年間の集大成でもあった。ここでいう「体験」とは、ドイツ語で「瞬間的な体験」を表すErlebnis4じゃなく、「時間をかけて蓄積される経験」としてのErfahrungだ。結果として、素人ユーザーたちがつくったレイアウトやグラフィック、スクリプト、ツール、ソリューションは、文化的遺産とも、専門化するウェブ制作の中で価値ある要素や構造とも見なされなかった。

それゆえか、今どきのデザイナーたちは「レスポンシブ・デザインは2010年に発明された」と信じて疑わない。というか「言葉の発明」と「考えの発見」を取り違えている。実際には、レスポンシブ・デザインというアイディアは少なくとも1994年にはすでに存在していた。

そうした欠落は、「A Book Apart」シリーズの中でも好感の持てる一冊『感情のためにデザインする』が、「人から人へ」のプロジェクトをつくる方法を指南しながらも、ウェブの世界には「人が人に語りかけてきた」何十年もの豊かな歴史が存在していたことに一言も触れていないことにも繋がる。

「聞いてよ! 自分のドメインを取ったんだ!」――ジオシティーズを離れて新天地へ向かうユーザーは誇らしげに宣言する。

「ここにリンクしてくれた人は、リンク先を更新するよう伝えてくださいね!」

「ゲストブックに書き込みをしてくれたら、必ずお返事のEメールを送ります」――別のユーザーはそう書き残して、反応を求める。

これは感情のためのデザインというより、ゲーミフィケーションのはしりのような例かもしれない。それでも、いまのデザイナーたちが何よりもつくりたがっている「人と人との直接的なやりとり」は、すでにそこにあった。しかも、とても力強いかたちで。