garden.ooo 雑多なメモgrass

このページは個人的な覚え書きです。

雑多なメモの残骸。

ご親戚

設計原則

階層性と線形性を信じない

普通のCMS開発のように、workeventmember のような投稿タイプや、 /2025/some-post といったディレクトリに分類したりはしない。そうした設計はその瞬間の見立てにすぎず、「workでもありeventでもある」ような中間的なコンテンツの登場とともに破綻する運命にある。コンテンツ同士の連関は「AがBに属する」のような含有関係ではなく、「AがBを指し示す」というリンクによってのみ決まる。また、garden.ooo では「ページ(エンティティ)」と「タグ(タクソノミー、分類子)」の区別をしない。(Cosenseを参照)

ローカル・ファースト

ページは常にローカルに置かれたテキストファイルとして保存され、相互同期する。ローカルは単なるバックアップではなく、オリジナルそのもの。書き手の「第二の脳」をクラウド上に人質に取らない。

プレーンテキストは普遍的なインターフェース

ページのソースはプレーンテキストによって表現される。CMSの管理画面だけではなく、メモ帳からも編集出来るし、ほかのCMSにインポートすることも、コマンドで一括置換することも、AIに喰わせることもできる。このサイトはbaku89#iconの好みでMarkdownを採用したが、HTMLに変換できさえすれば、Cosenseのブラケット記法でもなんでも好きな構文をユーザーは採用することができる(予定)。

ちょうど今日、The VergeにObsidian CEOのSteph Angoへのインタビューを読んでいて、面白い下りがあった。

「ひとつ面白い展開として、ぼくはステフにこう尋ねた。多くの競合が生産性ソフトに次々とAI機能を詰め込もうとしているのに、なぜ Obsidian はそれに倣おうと急いでいないように見えるのか、と。
Obsidian’s CEO on why productivity tools need community more than AI | The Verge

これは的外れも良いところで、「プレーンテキストを用いる」という設計がその答えだろうと思っている。だって、Obsidianの実体は手元のPCに保存されたただのテキストファイルなんだから。文字通り Notion AI 連携できない Notion と違って、ObsidianはCursorでもVS Code + GitHub Copilotでも、どんなIDEやAIシステムとも統合することができる。

Obsidianには、多くのプラットフォーマーが口にする「エコシステム」なんて意識はなくて、プレーンテキストを介した、人類がこれまでに築き上げてきたコンピューティング文化という、より大きなものの一部であるっていう自覚と謙虚さがあるんだと思う。OpenDocやUNIX思想にも通ずるものを感じる。

ダダ漏れをアフォードする

コンテンツの階層構造同様に、その書き手の気分もまた、公か私か、寄稿かつぶやきかといった境界で割り切れるものではない、連続的なもの。garden.oooでは、そうした曖昧さを切り捨てず、そのままに受け止められる「構造のなさ」を大事にしている。ブログとニュース、リサーチとブックマークは区別なく保管でき、両方のタグをもたせればその中間的な性質をもたせることができる。ページの公開設定やクロール設定も多段階でセットできるし、気まぐれで変えることもでる。だからこそ、書き手は自分の思考や制作の過程を「ダダ漏れ」のまま残しておけるし、読み手はその連続性を含めてアクセスできる。