Baku Hashimoto

橋本 麦

プロジェクトフォルダ

プロジェクトフォルダをどう整理するか, って問題.
俺俺ルール. 主に映像.

基本構造

仕事用HDD

/Volume
    + Works
        + 20xx
            + 00_everydays
            + 01_work1
            + 02_work2

プロジェクト毎

01_work1
    + doc - 資料. シンボリックリンクでDropboxで共有
    + prj - プロジェクトファイル
    + src - 素材類
        + tex
        + audio
    + 0b - コードとか
    + capture - 収録素材
    + itm - ソフト間受け渡しの為の中間ファイル
    + xy - プロキシ, プリレンダー素材
    + render - 3DCGソフトでレンダリングした比較的大きな画像
    + out - 書きだしたチェック映像, カンプ画像
        + mmdd - 日付で分類
    + final - 完パケ素材
    + archive - メイキングとかポートフォリオ用の記録, 作品サムネイル

doc, outとかはDropboxにシンボリックリンク貼ったりする.
xy, out, itmなどは数年後に消す.

命名規則

案件名は3-6文字程

例) eye, fhana, 0xff, fas

できるだけ頭文字が被らないように

キーボードでナビゲーション出来るから便利.

使用文字

a-z A-Z 0-9 _ | ^

例) test_1

情報の優先順位

  1. 案件名
  2. 何についてか
  3. コーデック
  4. 日付

例) fhana_offline_ProRes422HQ_0124.mov

結局どういうことか

よく使うAE Plugin

エフェクト

よく使う

ニッチだけど便利

ほぼ使わない

スクリプト

ScriptUI

デフォルトで入ってるけどかなり使えるやつ

ユーティリティー

その他

ビジュアルプログラミング

デザイナーも映像作家もなにかかしらの形でプログラムにお世話になってて, FCPもAdobe CCもC4Dも, 拡大解釈すると全部ある種のビジュアルプログラミングだと思うので, あとはどこまで低レベルまで自分でコントロールしたいと思うか, の違いでしかないと感じる.

映像生成するのにアセンブラから書くのは流石にしんどいので, 誰かが作ったプログラムの限定的なパラメーターを調整することでグラフィックを作ってる, ということだと思うのけど, 結局どの部分をカプセル化して, どの部分をデザイナーがコントロール出来るようにUIに落とすかは, 結局プログラムの設計思想に依る所でしかなくて.

一番怖いのは, そうとも知らずに, そうして外部化されたパラメータだけがコントロールできる全てだと勘違いしてしまうことで, 開発者都合で設定されている制約を制約として意識すらしないことだと思う.

例えば映像ソフトの殆どは, 並列処理がし易いように, 前後のフレームの状態に対して差分を加えるような処理を許さない仕様になっているがゆえにクレイアニメのような作り方をデジタルじゃできなかったりする. UVリマップやディスプレイスメントも, 大概ピクセルのオフセットの方向がX, Y軸に限定されていて, 例えば2つのチャンネルを極座標方向の変形として処理するだけで凄い面白いグラフィックが出来るのかもしれないのに, その可能性にすら気付けなかったり.

そういうアレコレが, なんでこれが出来ないの!? といった調子でいちいちストレスに感じるから, AEとかCinema4Dをそのまま使うより, 少しだけ低レベルな部分から弄ろうとしているだけの話だし, それすらもopenFrameworksだったりWebGLだったり, 誰かが作ったシステムのごくごく高級な部分を触ってるだけに過ぎなくて.

「プログラムで映像作るニュージェネ」みたいな印象を持って頂けること自体は別に否定するつもりは無いし, まずそもそも自分を認知して頂けるだけで有り難いの一方で, 自分の中では別にプログラミングと映像の融合といったものを意識してるつもりは無いし(とか言ってしまうのは少し確信的でヤラシイけど), そもそも理系と文系, デザイン思考とエンジニア思考を対立的に捉えてしまう時点で, 可能性を狭めているなぁと, ふんわりと感じている, という話でした.

Feb 21, 2016

形骸化した作法を「そういうものだから」と疑うことなく受け入れること以上に、「理屈の上では無意味かもしれないけれど、『そういうものだから』と考える人もいるから一応はそうすべきだ」っていう考え方こそがそのクソ作法を生かし続けるのにずっと大きく加担してるんだと思う

性的対応表

何かかしらの拍子に偶然トレンド入りした「性的対応表」という謎のことばを見た人が, 「『性的対応表』がトレンド入りしてるんだけどどういう意味なんだろう」と反応することが「性的対応表」のトレンド入りを持続させる, っていう現象, 面白い. なんとなく鮫島事件を思い出すけど.


検索のサジェスチョン機能でもこれに似た構図の現象がある. 例えば「イソタ―ステラ― つまらない」が一度サジェスチョン候補に入ってしまうと,

って反応をする人がいて, そのことが却って「イソタ―ステラ―」と「つまらない」の関連度を強固にしてしまう.

と俯瞰的に語るツイートすらも関連度に貢献している.

という僕のこの記事も, クローラに拾われて, Google検索の「イソタ―ステラ― つまらない」の関連度をほんの少し強めてしまうことに貢献してしまうとファンとして悲しいので, 「イソタ―ステラ―」って敢えて書いたんだけど, 多分表記ぶれ補正されてしまうので意味がない.

Dec 17, 2015

異業種コラボレーション とか銘打ったとて, 表面上のスキルやトーンは違ってても, 結局意識の高さレベルとか, そのシーンにおけるスタンスや切り口はトポロジー的に同じ(適当な意味で使ってる)なことが多い気がする, 全く悪気なく, 僕の高校時代レベルのリテラシーで比較すると武田双雲とチームラボはトポロジー的に同じ.

一方のシーンからするともう片方のシーンはすげぇ内輪臭くてゴミみたいなクオリティに映って, もう片方からするとツルッツルに均質化された酷くコマーシャルでつまらない世界に映って, しようと思えばお互いのシーンを別に無視できる位, 要するに「ノリ」の違うシーンの人と作って初めて見えてくるものがあるし, 自分のシーンにおける粋と野暮, ナウさとダサさをより俯瞰視点で相対化できる気がする.

それが小劇場とテニミュなのか, EDMと奥華子なのか, バーグハンバーグバーグとユーフラテスなのか分からないし, 双方のシーンにとって意味のわからないものになる可能性もあるけど, 結果は置いといて, やってる当本人にとってはすごく実りのある体験にはなるんじゃないかなぁ.

ノガミカツキと映像作ってる時に思った. コラボレーションからのイノヴェーションだか何だか的な意識高いアレでも, 全然違うタイプだけど認めてるぜ的なマブダチ感を醸したい訳でもなしに, それは, わりかし率直に思う.

映像作ってる人の中でも, なんとなくアート・アニメーション界隈とかエナジードリンクにやたら詳しい界隈, クリエイティブ・コーディングみのある界隈とか, オモシロい其れ即ちクリエイティブな界隈, インターネット・ミーム大好き界隈, 政治的関心度高い界隈とかやたら細かく分断されてる感覚はあって(半径50mの話), 映像クリエイター飲みつってもそのクラスタを超えて集まることはあまり無かったりするのだけど, 多分そういうノリの違いこそ越えていくべきで, 「よさ」が単一のクラスタに閉じたサムいものにならない為には, そういう人と一緒に作っていくべきなんだと思う.

いちいち細かいインターネット感の違いを遠目にあざといなぁー思ったり, 無関心を装ったシニカルな目を向けていたりするのはただただ機会損失(この言葉選びにシニカルになるクラスタもある)でしかなくて, 個人的にすごく寂しいし, なんかもっと(自分含め)みんなナイスになれればいいのになぁって最近感じる.

Nov 15, 2015

批判をするも勝手だけど, 自分ん中で正論だったとて, それをニュートラルに表現すればいいだけの話で, わざわざ嫌な言い方を必要は全く無いんだってここ数年でようやく気付けた.

多分, やな言い方をわざわざ選ぶ人の頭の中では, 単に自分は当たり前のことを言ってるだけなのに, 発言の本質じゃなくて, 感情論で突っかかったり勝手に傷ついたりするなんて頭のわるい人がすることだ, 理知的じゃない, 議論じゃない, って思ってたりする.

数年前同級生の進級制作を, 安易におっぱい撮る美大女クソとかdisった時まさにそんな事を考えてた気がするし, 批評を受け入れられないなら作品つくんなやとか本気で思ってたし, けどそもそもそういう次元の話じゃなしに, すげぇシンプルに誰かの気を悪くさせるのはいくないことだと.

殆どの人にとっては当たり前のことだと思うけど, 本当にそれが理解できない人が僕含めて一定の割合いるような気がしてて, 自分を論理的だと思ってる人程, そういう議論の本質から外れた部分での「やな人」にならないための労力や同質化を悪だと, 論理的に信じてるから辛い. 最近インターネットでもろもろの議論みるたびそういう事グルグル考えてしまってやるせない.

おまつりトライアングル

性格悪いよね、というのは久美子が人の流れに沿っているようで、実はそうではないということを言いたいんだと思う。優しい顔をして心には毒を持っている。けれども、それは人を中傷するだけの悪口ではなくて、純粋に感じるシニカルな毒なんだ。

例えば大統領になりたいとか、宇宙飛行士になりたいと言う人がいるよね。それに対して「なんで?/どうやってなるつもりなの?/そんな困難なことをどうして夢見るの?」とクエスチョンマークを引っさげて悪意なく問いかける人は滅多にいない。麗奈は久美子の全国~の何気ない一言で、自分の信念を見直して再評価する機会を得たんだと思う。だから、麗奈は久美子の物の見方に興味があるんだ。

フロム・ディスタント:響け!ユーフォニアム 第8話「おまつりトライアングル」:海外の反応

Nov 5, 2015

野良猫に餌をあげる近所の迷惑夫婦だったり, カーステレオでダサいEDMを爆音で流して疾走する兄ちゃんだったり, なんで今自分客観的に見たらすごくやなことやってるのに自覚できないんだろうなーって局面は結構あるけど, そういう人ほど, その人の立場からすると本心から善意でやっていたり, 本心からそれをイケてると思っていたりするわけで, それはちょうど, 僕らがゴミを拾ったりインターステラーの映像をカッコいいと思ったりするのと同じ位の確かさ・自明さで本人たちもそう信じているんだ, っていうのをちゃんと相対化して捉えないといけないなと感じる.

お前善意でやってるつもりだろ? その行為を咎められたらさぞかし野暮だなぁ思うだろ? はい, それ今お前, 野良猫に餌やる夫婦と同じな, って自分自身の行動を客観視できる程度に頭の良い人はなかなか居ない辛さ (多分自分もそう)

Nov 1, 2015

作る側の人がそれに自覚的になりながら手動かすとサムくなるような要素って結構あって, ユルさとかマジキチさとかヤバさ, 変態さの類は, 今自分らこんな変なことやってまっせって意識してるうちは結果にもあざとさが滲む気がする.

その変な世界, ズレた価値基準が自分の中で当たり前に感じられる位に真摯に没入して初めて, 公理系として閉じた, 納得感のある変なものができると思うし, 日本語ハッシュタグ大喜利に興じる程度のリテラシー層以外のシニカルな奴らにも認めてもらえるものが作れるんじゃないかなって最近感じてる.