シャバさ、キショさ、野暮さ
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このVaultにおけるシャバい、キショい、野暮は、どれも単なる悪口というより、ことばや態度が対象そのものからズレて、どこか別の評価関数に奉仕しはじめたときの違和感を括るための語として使われているように見える。とはいえ、それぞれのニュアンスはかなり違う。
シャバさ
「シャバさ」は、まずもって言語感覚や身振りの問題として現れる。とりわけ、企業コピー、ハイプ、セルフブランディング、界隈内での花の持たせ合いのように、具体的な対象や成果よりも、見え方や交換価値の演出が前景化したときに使われがちだ。
Web文化とコピーライティングでは、「シャバいコピーで言語過多」「シャバい言語感覚」という言い方が出てきていて、そこで嫌われているのは単なる派手さではなく、何をしているのかが具体に降りてこないまま、業界内のトンマナだけが自己増殖している状態なんだと思う。Corporate Writingにある「シャバいハイプ」という言い方も近い。
ただ、面白いのは、シャバさがつねに全否定されているわけではないことだ。管理やプロデュースの交換価値をダンピングしたいでは、「シャバさ」「野暮さ」への感度がプロジェクトの見え方を左右すると書かれている。つまりシャバさは、軽薄さや空疎さの名前であると同時に、現実の社会回路に接続するための技芸、あるいは舵取りのセンスとしても捉えられている。
要するに「シャバさ」は、対象そのものではなく、その周縁に発生する演出、盛り、ポジショニング、越境の作法にまつわる語で、嫌悪と必要悪のあいだを揺れている。
野暮さ
「野暮さ」は、シャバさやキショさよりも、もう少し美意識や距離感の問題として現れることが多い。露骨に説明しすぎること、空気を読まずに踏み込みすぎること、対象に対してふさわしい解像度や身振りを外してしまうこと。そういう、振る舞いの鈍さや無粋さに近い語として使われているように見える。
明示的な用例は管理やプロデュースの交換価値をダンピングしたいの「『シャバさ』『野暮さ』への繊細な感度」くらいしか多くはないのだけど、説明するのも野暮、内幕を語るのも野暮、そういうことを言うのは野暮なのだろうといった言い回しは各所に出てくる。ここでの野暮は、内容が間違っているというより、言うべきでないことを言ってしまうこと、ちょうどよい距離を壊してしまうことへのためらいを指しているんだと思う。
だから野暮さは、シャバさのように社会的な演出過剰を指す語でもなければ、キショさのような生理的拒否の語でもない。むしろ、対象との距離、文脈への参与のしかた、説明と沈黙のバランスに関する審美的なジャッジに近い。
キショさ
それに対して「キショさ」は、もっと生理的で、しかもその生理性を自覚したまま使われている。キショには、「生理的な反射でしか苦手さを表明できないことへの自己批判も含まれる」と明記されていて、ここがかなり重要だと思う。
だから「キショい」は、十分に論証された批判というより、「なんかわかんないけど受け付けない」というお気持ち表明にあえて踏みとどまるための語なんだと思う。しかもその矛先は人間そのものではなく、概念、ミーム、価値観、アティチュードに向けられる。THE GUILDはなぜキショいのかでも、個々人ではなくコレクティブのなかで醸成された価値観やアティチュードに対してキショさを感じる、と整理されている。
実際の用例でも、Design thinking、コピーはキショい、リベラルを気取ること、業界コピーのクリシェなど、いずれも「ことばづかい」や「身振り」に付着したミームへの拒否反応として出てくる。シャバさが文化的・産業的な回路への視線を含むのに対して、キショさはもっと切断的で、「それには乗れない」という境界線の宣言に近い。
使い分け
雑にまとめると、こんな感じかもしれない。
- 「シャバさ」: 盛り、ハイプ、業界的な身振り、交換価値の演出、越境のためのプレゼン技術に対する評価語
- 「野暮さ」: 距離感の悪さ、説明しすぎ、踏み込みすぎ、無粋さに対する審美的な評価語
- 「キショさ」: ミーム、バズワード、アティチュードに対する生理的で非対称な拒否反応を引き受ける語
三者はしばしば重なる。たとえば空疎なコピーライティングは、シャバくもあり、キショくもあるし、場合によっては言い回しの押しつけがましさとして野暮にも見える。ただし、そのとき「シャバい」は社会的な見え方の問題を、「野暮」は距離感や作法の問題を、「キショい」は自分の身体が受けつけない感じを、それぞれ別の角度から言っているように見える。
baku89#iconらしくいい換えるなら、「シャバさ」はメタな演出過剰への批評で、「野暮さ」は距離感を踏み外したときの審美的な違和感で、「キショさ」はそれに対する身体的なアラートなんじゃないかな。