X未満 2026年7月

JAGDAデザイン会議2026永井一史会長に、デザイナーがツールを自作したり、デザインツールの拡張性が見直される(e.g., Figma Shaders)ことで、パラメトリックデザインの敷居が下がるのは分かった、けど効率化以外に、どんな豊かな表現が「具体的に」登場し得るのだろうか? って聞かれて、うまく答えられなかった


創造性支援技術 (制作ツールやノーコードアプリ開発とか) に携わるエンジニアや研究者で、インディーなものやアンダーグラウンドなものにアンテナが伸びてる方には、有り難やって思う


頭がいいから殺してはダメ
動物愛護団体がよく使うスローガン。ナチス同様の「能力による淘汰」を声高らかに宣言するもので、同義語は「バカは死ね」
Undictionary:ひめくり辞書/6月24日 - アンサイクロペディア

ジョークサイトだからこそ、頭のわるい誤謬を踏んでると萎えるな
同値なのは「殺していい存在なら、すくなくとも頭はよくない」

誤謬


坂本俊太さんが制作勉強会でお話されていた、グラフィックや色彩は「転調」可能なのか?って下り。むしろ自分が気になったのは、純正律から平均律に移行する過程で犠牲にした調和が、色彩理論にもあるんじゃないかってこと

HSLはperceptually uniformじゃないから、色相を回したら認知的なluminance, saturationが変わるってのは、ある意味でそう


すごいと思います!


ジョージ・ポリアやホフスタッターのいう「問題解決」「創造性」の精緻さに比べると、デザイン思考は有効かもしれないけど抽象化として凡俗

普通に私企業(と教育機関との提携による)商材にすぎないものを、これこそが汎化された design 本来の形であり、伝統的なデザインは大文字の Design なんじゃ


佐野和哉さんに言われた、「作品が出来上がることに発言権ゲージが溜まる、むしろ発言権を得るために作品を作ってるまである」、かなり図星


ノガミの展示を観た
すごく自分は喰らって、なんなら泣きそうになった

けどそれは作品としての力というよりも、一人の長く知る友人の作り手としての死を見たからな気がする
シーンに一石を投じようとする前向きな反骨精神は、
ドロドロとしたルサンチマン、そしてだらしのない怨恨へと変わる

いつまで自意識の話をしているんだろうって思った
作りたいもの、問いかけたいものが無いから、
その空虚さのなかに自分という存在だけが浮かぶ

シーンは閉鎖的で、お互いに花を持たせ合うシャバい循環が起きている
オレは制度の上にすくい上げられない周縁化された存在
メディア・アートはクソで、自分が中高生の頃憧れていた音楽をやっぱやりたい、とかなんとか……

話を聴けば聞くほど、VRMVを観たり実際に彼の音源を聴くほどに
音楽そのものへのナードな興味じゃなくて、
「音楽をやっている自分」というパフォーマティビティ(やってる感)だけが浮き彫りになる
「やりたい」と「なりたい」は違うと思うよ

これが本人に伝わる必要もない
逆にこのページを見るくらいにbaku89#iconに興味を持つなら、
それはしゃあない事故だと思う
アーティストは職業ではなく一つの生き方のアティチュードだから、
「業界」と関わらなくても、それを生業にしなくても、
ノガミにはノガミに合った制作との関わり方があると思う
友人として幸せを願う

こういうことをいったところで、baku89#iconは「偉くなった」側としてポジショニングをしているだけ、っていう風に映るんだろうな
そういう仮想敵を引き受けることで少しでも彼の心に平穏をもたらせるなら、
それはそれで悪くない


TaiTan氏の「ピングーをIPと呼ぶんじゃねぇ」に笑った


ミシェル・ゴンドリー性と真正面から向き合い続けるのはあまりにしんどいから、人は「企み」の次元にアセンションするのかもしれない


Tony Hill を目指して今年中に溶接を覚える 第二種電工士と溶接と、あと何があったら制作に使えるのかな ハイエースの運転に慣れたい


「アート」をやらないし、かといって「デザイン」を拡大解釈するわけでもない、メタにハックしようとせず、型を引き受けて純朴にベタをやる、っていう態度を「クラフト」っていうのも最近抵抗感が出てきている 工芸作家に並べられるほど自分は精度が足りないので

クラフトとは