0101「今年も年始がしんどい」|qanta

同業者の前向きな抱負ポストを眺めると正月バッド入る、という清水幹太さんの文書、いや本当わかるなぁ、という心地で読んでいました。

……という前提で述べますと、去年もうだつの上がらない一年でした。

地元の友人からクレジット観たよ!との連絡が来て一瞬虹色の脳汁が迸ったシン・エヴァは80フレームしか関わってないですし、上半期に完成させると宣言していたMVは未だ出来ていません。(罪悪感からかよく夢に見ます)この前のSIGGRAPH Asiaの発表では登壇者中最も英語が下手で、かつアカデミックな場のノリを弁えず軽スベりしました。去年を通して、これは何のクリシェでもない、自分が作る意味があったなぁと思えた映像は22秒だけです。

今年はこの数年コツコツやっていることが少しでも実を結んで、んで生温く応援、あるいは目を瞑ってくださっている周囲の方々の恩に報える制作に集中できるよう努めたいです。お断りさせて頂いていた広告仕事も、今僕が開発している制作ツールの社会的意義に比べると興味は沸かないのが正直なところですが、再開していきたいです。

ところで自分は、何かに夢中になるするほど、ブチ上がるというよりダウナーになっていく傾向があるんですが、そんななりに思うのが、落ち込んだり卑屈になることは、それが誰かへの攻撃に転じない限りはそこまで悪いことじゃないんじゃないか、ということです。むしろ、己のネガティブさをネガティブに受け止めることこそが本当のネガティブなのかも、とか。屁理屈っぽいですが、ネガティブな自分を否認して根明に振る舞うことは、ネガティブであることそのものよりずっと自傷行為に近いように思います。とすると、こんな投稿を通して恐らくエンパワーしたいのは、ブイブイ言わせることが正義なこの界隈において忌避されがちな、ある種の前向きじゃなさ、ぱっとしなさ、うだつの上がらなさなのような気もしてきました。

コロナにうんざりするし、五輪仕事は一切しないと宣言しておきつつガッツリ噛んだ同業者をちょこっと羨むし、眞子さまをディスる高校の同級生のツイートにどんよりするし(いや、これは正直誰かの拗らせを見下す心地良さを積極的に摂取しに行ってますね)、色々凹みはするのですが、そんな落ち込む自分自身に落ち込みまではせず、結構楽しく健康的に過ごしています。

そういえば、松任谷由実が「メランコリーやセンチメンタリズムは、貧しい時代には受け入れられる余裕のない贅沢な感情だ」みたいなことをどこかで言ってたのを思い出します。なんというかそんな心意義で、ダウナーさというものを味わえるだけのゆとり(とその特権性へのメタ認知)を持てるよう心がけたいです。

今月半ば、恐らくオミクロン株のアウトブレイクと共に東京に住まいを戻します。だから会いましょうという訳では無いんですが、機会に乗じて以前から話したかった方と雑にオンライン通話でも出来たらなぁと思っています。ともあれ、今年も宜しくお願いいたします。