クリッカブル
クリッカブルな領域にマウスを近づけた時、何となくではあるが、「クリックできそうな手触り」のようなものをポインタに感じる。カーソルの形が矢印から指に変わる変わらず関わりなくだ。
水の滴るスポンジを見ると、「握るとじゅわっと水が滲み出そう」と感じるし、プラスチック製の四角いボタンを見ると、「押したらカチっという抵抗がありそうだな」と感じる。同じように Web サイトのクリッカブルな領域を見ると、ただマウスでクリックする事で何らかのアクションを起こせるという経験則以上の、何か質感のようなものを感じるのだ。
デスクトップメタファーやスキューモーフィズム然り、GUI は人に理解しづらい情報の構造や処理を、実空間でのものの挙動になぞらえて表現し、直感的に分かりやすい解釈を与えるという方向性で今のところ発展している。何らかのアクションを実行するのに、コマンドを叩いてリターンキーを押すよりも、スクリーン上のボタンとして表現した方が理解しやすい。「送信」という文字を枠線で囲い、ドロップシャドウを付け加える事によって、周囲の平面よりも立体的に飛び出ている事が分かる。そこがただの文字ではなく押し込める領域なのだな、と感覚的に把握することができる。
ただスクリーン上では、ボタンのようなクリッカブルということを指し示すグラフィックスの有無に関係なく、ハイパーリンクやデスクトップのアイコンに対しても「何かクリックできそうだな」という確かな質感を感じるような気がする。むしろ予感と言った方が近いかもしれない。そこにはただ文字に下線が引いてあるだけだったりするのだけど、経験則から「ここはクリック出来る場所だ」と理解するのではなくて、手触りとして、ポインタからマウスを介して皮膚にクリッカブルな領域を感じることが出来るような気がする。目を閉じて額に指先を近づけると、触れていないのにむず痒さみたいなものを感じるような、そのくらいフワッとした感覚なんだけど。
物理法則というたとえの元に発展してきた GUI に触れているうちに、「水に濡れている」だとか「押し込める」という物理的性質に還元できない、ディスプレイからだけ感じ取ることの出来る触覚にも近いクオリアが自分の中に生まれていることが面白い。