橋本 Hashimoto   Baku

橋本 Hashimoto   Baku

管理やプロデュースの交換価値をダンピングしたい (メモ)

このページは個人的なメモ書きです。何かあればご連絡ください。

AIで一番良かったのは、ちゃんとしたビジネスっぽいやり取りを、誰かに頼らず自分で回せるようになったこと

ゆるふわマルキストなので、直接的な制作労働にコミットしている人に、価値の配分がちゃんと厚くなるべきだと思ってる。これは倫理の話でもあるけど、同時に功利的でもあって、そういう配分のほうが成果物のクオリティも上がる

例えば:

  • 社会関係資本(≒ コネ)を用いて仕事を創り出すこと
  • 仲介をすること
  • フロントに立つこと
  • アカウント(信用)を貸すこと
  • (現場や技術、成果物のニュアンスへの理解が乏しいままに)プロデュース、ディレクションをすること

は、それ自体が専門性を伴うし、必要な労働でもある。とはいえ、今の業界ではこれらが経済的に過大評価されすぎていて、制作の剰余が中間層に偏って回収される構造になりがちだと思う。少なくとも、アクセスの独占を根拠に「フィー」(手数料・仲介料)や「レント」(通行料)を取るほどのことなのかなって

これは、クリエイターとして手を動かす人だけが報われるべき、ということを意味しない。例えば、いわゆる一般職と呼ばれるようなバックオフィス業務や、アニメの制作進行業などは、その大切さに対して経済的な価値が軽んじられ過ぎていると思っている。女性が就くもの、あるいはプロデューサーに上がるための下積みとして受け止められていたり。

けど、ファッション的な意味での「クリエイティブ・ディレクター」の価値は、馬鹿にできないと思っているところがある。「シャバさ」「野暮さ」への繊細な感度がゆえに、ほんの一言といった最小の手数でもプロジェクトがぐんとよく見えたり。そういう舵切り的存在がいるかどうかで、「どれだけ手数をかけても、振り出しからして終わっている」プロジェクトに着地しないかどうかが決まる。

baku89.iconにとっての師匠的な存在もそういうタイプ。経営者、物書き、実務的なプロデューサーとしては全幅の信頼を寄せているわけでは必ずしもないのだけど、クリエイティブ・ディレクターとしての彼の(ある種のアプロプリエーション的な発想で)最小の手数で最大の渋さを引き出せる立ち振舞いは、「チマチマ」を重んじすぎる自分の頭のなかのカウンターウェイトとして影響を受け続けている。