橋本 麦∿Baku Hashimoto

ダーウィンを数学的に証明する

中村健太郎さんに教わったこの本、自分には少々難しくて完璧には理解出来なかったけれど抜群に面白かった。

遺伝的アルゴリズムが最適化手法として有用なのは、遺伝という仕組み自体が35億年の歴史を通して自己最適化されてきた最適化手法だから、っていうのは前から気になってて。

遺伝という仕組みを生き物たちの適応度を高めるための一種の乱択アルゴリズムとして考えると、遺伝を通してその生き物の適応度を少しずつ高めてきたと同時に、その遺伝というアルゴリズム自身も、それによって進化させられる生き物の適応効率(速度? 探索精度?)という適応度を高めるべく自己最適化されてきたわけで。放射線か何かによる無秩序な塩基の置き換えから、交叉や有性生殖のような、より洗練されたランダム性を獲得した経緯もそうだし。もしかしたらミームもその延長にあって、遺伝子の容れ物として、個体の生涯変わることなく生殖のタイミングでしか変異を試せないDNAではなく、より可塑的な「記憶」を用いることで、生まれた後もなおスピーディーに形質を変化させていけるという、生物史における最新鋭の変異テクニックなのかなぁと思った。(『拡張された表現型』はまだ読んでいない…)

本当の意味で「遺伝的アルゴリズム」を実装しようとすると、今現在自然界に見てとれる遺伝の仕組みを切り取ってマネするだけじゃ足りなくて。まず、ある変異ルールによってランダムウォークさせられているつぶつぶ同士を競争させて、元々与えられた目的関数に適う形で最適化させていく。しかしそれと同時に、遺伝の仕組みそのものもまた、それぞれの変異ルールのもと動き回るつぶつぶ集団同士を戦わせて、集団としての適応効率を適応度に取ることで淘汰的に進化させていかなくては、真に遺伝を模倣していることにはならない。それは単に「交叉率」のような、プログラム中に予め埋め込まれた変数のチューニングに留まらなくて、ソースコードそのもの、つまりアルゴリズムレベルでの自己最適化も含まれる。ソフトウェアとして例えると、生き物の進化のダイナミズムがものすごく分かりやすいなぁ思った。

AIやIA(知能増幅)がバズワードとして持て囃されていた2014年は「トランセンデンス」や「ルーシー」なんかが公開されていて、個人的にシンギュラリティ映画(?)の豊作年だった。(「インターステラー」もある意味でシンギュラリティ映画なので。)どれも観に行ってたけど、案の定なんというかコレは本当に超越的な知能なのか…? っていうモヤモヤした気持ちしかなくて、高校時代の友人に愚痴ったらゲーデルの不完全性定理を勧められた。それからしばらくロイホで高校以来食わず嫌いしてた数学ガールを読み耽ていたのだけど、ペアノの公理以降で理解がおぼつかなくなってきて、そもそもこれって「知能」に関係あるっけ? という釈然としない読後感だけ残っていた。

ただ、何となく公理主義とその限界、あと記号論的な考え方はずーっと頭に残ってて、めちゃめちゃその後の制作や人間関係の改善に役立ってたりする。一方で、シンギュラリティの話題に対してゲーデルを勧められたその心は…?という引っかかりに、6年越しに合点いったのがこの本だった。

同図像性のプログラミング言語としてのDNAや、自己複製における複雑さの増加、エンゲルバートのABC Activities(「最適化手法の自己最適化」手法の自己最適化…)と、結構最近考えてた色んなことに一本筋が通るような快感があって良かった。

IAで思い出したけれど、テッド・チャンの「理解」の映画化はどうなってるんだろか。