X未満 2026年2月 (メモ)
自分なりのより雑なC4P数理モデルとして「作品ベクトル 、その人なりの重み付けベクトル があり、主観的なよさ = 」っていう感覚がある
うちは、好きにせよ嫌いにせよ x_i を何かかしら意味のある要素として捉えているんだけど、 となると、x_i のチネくり回しが全くよさに影響を与えない、完全なるナンセンスに落ちる
となるような を増やすことは、いい観客であるために大切だと思う。かくいう自分も、例えば「ファッション空間」に対する は大部分が 0 で埋まっていて、主観的にはだいぶ低次元な空間を幻視している自覚があるから、色んなものに触れて感化されたいな
Notionのデータを移行中
公開収録に伺ったのですが、久保田先生のお話には毎度ながら感激させられました 美大におけるコンピューター教育黎明期のお話
美術やデザインにおける工学的発想も長年の自分の興味だけど、得てして(テクノ)楽観主義、リバタリアン的な方向に流されがちなソフトウェア工学の世界に、どうアートの複雑さとははた面倒くささ、そして面白さを還流させるかも一方で気になっている
あるクリエイティブな職能を自動化し得るAIサービスに携わっていた方に話を聞いた時、クラウドソーシングで数万円オーダーで受注しているようなギグワーカーは置き換えられても、トップ層のクリエイターに影響はない って話していて、悲しくなった (その後びっくりするくらい炎上した)
知己のミュージシャンが、配信だけではなくCDやバイナルを出す理由を「取り下げられないのがいいから」みたいに語ってて、その感覚はすごく分かるなって思った
内心をうがるわけではないけれど、もし自分が1, 2周り上の世代でインタラクティブ表現に携わっていたとしたら、過去を振り返らない というよりも、振り返られたくない と思う気がする
後年の検証に耐えうるほどの強度がないから、同時代を生きた人たちの記憶の中だけに残るほうが打算的にかっこいい
映像、WWWにしたって、メディアの黎明期は実験性が花開く時期でもあるけれど、同時にどこか恥ずかしいものだと思う スキゾであることは粋かもだけど、ちゃんと「インターネット老人」(この表現を肯定するわけじゃない)として過去を語ってくれる先達はもっとかっこいいな
by exonemo