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title: カテゴリーの定式化
description: "   藤幡正樹 - Paramerized Chair 『十分興味深い』意味論的なカテゴリーは生産的な集合である - Douglas Hofstadter アートやデザインという言葉を、内包的に定義することの限界、ナンセンスさ パラメトリックにコントロールできる環境が整備されているということは、コピ"
date: 2025-01-19T01:03:44.000Z
updated: 2026-03-10T10:17:50.795Z
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# カテゴリーの定式化

![](https://wp.baku89.com/wp-content/uploads/2026/07/scrapbox-678c625555b542aa9b506cc2.png)\
_[藤幡正樹](/%E8%97%A4%E5%B9%A1%E6%AD%A3%E6%A8%B9) - [Paramerized Chair](https://www.youtube.com/watch?v=1G54R2d9_ik)_

[『十分興味深い』意味論的なカテゴリーは生産的な集合である](/%E6%84%8F%E5%91%B3%E8%AB%96%E7%9A%84%E3%81%AA%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%81%AF%E7%94%9F%E7%94%A3%E7%9A%84%E3%81%AA%E9%9B%86%E5%90%88) - [Douglas Hofstadter](/Douglas_Hofstadter)

- アートやデザインという言葉を、内包的に定義することの限界、ナンセンスさ

> パラメトリックにコントロールできる環境が整備されているということは、コピーしたものに異なるパラメータを与えることでバリエーションを生成できるということです。たとえば様々なバリエーションを持った車を量産したいときにこうした枠組みは役に立ちます。タイヤの大きさやホイールベース、車体の色などをパラメトリックにコントロールできるようにしておけば「その枠組みの中で」多彩なバリエーションを生成できるでしょう。しかし、タイヤが８つ放射状についた車を作ることを想定して設計するでしょうか。左右のタイヤのサイズが異なる車を可能性として残すでしょうか。答えはNOです。そうした無数の外れ値を想定して設計することは最終的にEverythingという究極の抽象オブジェクトからの派生として定義されることになり、実用的な意味をなしません。こうした理由から、制作時に「適切に」パラメータを制限していくのですが、その「適切さ」はしばしば退屈です。アドホックに制作したものが持つ逸脱は統一感を破壊するとともに、退屈さも打ち壊してくれます。しかし、アドホックな制作の工数的限界を考えると全面的にアドホックな制作をすることが最善とは言えません。パラメトリックな設計とアドホックな気まぐれを混入させる余地のバランスをコントロールする必要があるでしょう。\
> _[『コントロールについて』](http://www.kaminotane.com/2024/05/13/25711/) - [細金卓矢](/%E7%B4%B0%E9%87%91%E5%8D%93%E7%9F%A2)_

- > コントロール可能なパラメータは無数にあり、それぞれのパラメータはリンクしていたり、パラメータとしての階層が存在する。

  - 線形独立した値の集合を、parametersと呼ぶのではないか
  - 円の自由度は3であるが、「半径」と「直径」が同時にパラメーターに加わることはない

[Donald Ervin Knuth](/Donald_Ervin_Knuth)について

> (1) ありとあらゆる「A」という文字の形の下に唯一の究極的な抽象形「A」が存在し、それを有限個のパラメータをもったアルゴリズムとして記述できる ― 有限個のノブのついたソフトウェア機械とでも呼べるようなものの存在。（ノブというかわりに自由度、またはパラメータといってもよい、\
> (2) そして考えうるすべての個々の「A」は、この機械のノブをある値に合わせることによって得られるということ。
>
> _[メタマジック・ゲーム](/Metamagical_Themas)_

![](https://wp.baku89.com/wp-content/uploads/2026/07/scrapbox-678c616cccea6773a2697c44.png)

けど彼の言わんとしていたことと違って、BaskervilleとHelveticaの狭間にこそタイポグラフィとしての面白い表現の鉱脈があった

<https://www.youtube.com/watch?v=nNpIMsKluXI>

表現としての良し悪し以前に、表現としてナンセンスではないか、という述語が存在する\
おそらく、活版の時代においては、実数値の級数は「ナンセンス」だった

ナンセンスは、時々の社会制度、慣例、テクノロジーによって規定される

ナンセンスを「意味を持つもの」側に取り込んでいく、良し悪しの価値判断の対象とされる「意味」を拡大していく営為がある種の現代美術であり、その最「前線」がアバンギャルド
