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title: 塚田有那
description: "  実はあまり接点がなかった Kamra / Deja Vu の完成座談会で、リキッドの上のバーでMCをされていた WWWの階段で少しだけお話した Nov 25， 2024： ART & TECHとバズワード消費 に書いていたようなことは、実は塚田さんが丁寧に書かれていた。テックじゃなく「サイエンス"
date: 2024-12-19T13:45:57.000Z
updated: 2026-02-16T14:45:46.468Z
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# 塚田有那

![](https://wp.baku89.com/wp-content/uploads/2026/07/scrapbox-676424269f4e13e11e668ba4.png)

- 実はあまり接点がなかった
- Kamra / Deja Vu の完成座談会で、リキッドの上のバーでMCをされていた
- WWWの階段で少しだけお話した

[Nov 25， 2024： ART & TECHとバズワード消費](/Nov_25%EF%BC%8C_2024%EF%BC%9A_ART_&_TECH%E3%81%A8%E3%83%90%E3%82%BA%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E6%B6%88%E8%B2%BB)に書いていたようなことは、実は塚田さんが丁寧に書かれていた。テックじゃなく「サイエンス」についてだけど。

> そのとき、アートとサイエンスの「融合」という言葉を安易に用いるのには注意したい。「融合」という言葉を自分たち自身が使ううちに、双方をそれなりに知っている気分になり、結果として判断基準が甘くなったり、その場の発言力の強い人間に流されたりする危険もあるからだ。その冷静な批評眼を失うと、過度にハデで中毒性のあるパフォーマンスばかりが求められたり、サイエンスの技術デモが恭しくアートと呼ばれたり、またはアートのプレゼンテーションに科学的なスパイスが投入されただけという程度に陥るケースも多々ある。もう一度言うと、アートとサイエンスは決定的に違うからこそ、意義がある。その矛盾や衝突の連続が、新たな創造を育んでいくのだ。\
> _[アートサイエンスが導く世界の変容](https://bnn.co.jp/products/9784802511148)_

- **bound baw**
  - [ニューヨークにある“詩的プログラマー”の楽園、SFPC](http://boundbaw.com/world-topics/articles/4) → [SFPC](/SFPC)

あまり塚田さんのご活動をしゃんと理解してなかった気がする\
[エンジニアにとっての人文学](/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%81%AB%E3%81%A8%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BA%BA%E6%96%87%E5%AD%A6)じゃないが、そういうものへの関心が薄かった、実学的なものや工芸的なものにしか食指が動かなかった頃は、塚田さんの興味の先にあるものがそんなに自分ごとのように思えなかった　今になって出版物やWeb、展覧会って形で残してくれたことのありがたさを痛感する
