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title: 企み人
date: 2024-12-21T01:14:56.000Z
updated: 2026-04-21T02:38:11.924Z
tags:
  - Coinage
url: https://baku89.com/ja/%E4%BC%81%E3%81%BF%E4%BA%BA
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# 企み人

たくらみびと

- もともと「たくらみんちゅ」と呼んでいたけど、沖縄の人たちの言葉を軽薄に盗用しているんじゃないかって反省した　→ [使うべきではないメタファー](/%E4%BD%BF%E3%81%86%E3%81%B9%E3%81%8D%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC)

* 企みの民(たみ)はどう？

- <https://www.killtu.be/> を見たときに思った

  - 一つも作品そのものの話をしていない

  - ![](https://wp.baku89.com/wp-content/uploads/2026/04/676616e0ef04e9f4767ee164.png)

  - 意図的に避けているのではないのだとしたらむしろすごい

  - 「どう企むか、仕掛けるか、そして世の中をざわつかせるか」が先行している
    - 具体的に: 企画、製作、資金調達、販路、販促、流通

  - アニメの内容全体が、Chocolateという会社のサクセスストーリーにおけるマクガフィン

    - [専門性は人生のマクガフィン](/%E5%B0%82%E9%96%80%E6%80%A7%E3%81%AF%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%AC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3)
    - 配信文化 ×マキシマリズム×オリエンタリズム → ブチあげ

  - けど、こうした「実験」をしたいと考えている人からすると、一次創作者、つまり製作ではなく制作を担っている人が「クリエイター」としてやや既得権益を持っていて、その頑迷さが作品の作られ方を硬直化させているようにも映るんだと思う。現場主義が招くある種の排他性

  - 人によって見立ては色々
    - [佐野和哉](/%E4%BD%90%E9%87%8E%E5%92%8C%E5%93%89)さんや[清水幹太](/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%B9%B9%E5%A4%AA)さんも、手を動かす人間がタレントとして称揚されることにほんのりと反感を抱いている側だと思っている

  - だが、[baku89#icon](/baku89#icon)は、少なくとも近辺に限っては「作品の質感そのもの」が語られていない場面が多いと思っている。作品を取り巻く仕組みや環境をハックすること、うまく立ち回ること、場をつくること、エヴァンジェリストになること、プラットフォーマーになることといった、メタゲームに興じることのほうが重要で、「結果、何をつくるのか」は二の次

    - どういうドメイン?: テクノロジーアート、広告、Luup、選挙
    - 経済的に報われていないだけで、[Glisp](/glisp)のようなプロジェクトに取り組む[baku89#icon](/baku89#icon)も、ある意味でメタゲーマーしぐさではある

  - **手を動かす**ことは、少なくとも経済的には悪手。成し得るものは、能力に対し対数的にしかスケールしないから。**手を動かすひとを動かす**能力は、指数関数的にスケールする
    - 例外がプログラマー。一騎千当は珍しくない、だからこそスーパーハッカーとして手を動かし続けることにメリットが生じる

  - [クラフト](/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%88)とは?

  - やっぱり作品そのものの話をしたいなぁって思う

    - [表層批評](/%E8%A1%A8%E5%B1%A4%E6%89%B9%E8%A9%95)
    - [それそのものの話をする](/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E8%A9%B1%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B)
    - [Inventing on Principles](/Inventing_on_Principles)

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