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title: Big-D Design
date: 2025-03-07T06:29:37.000Z
updated: 2026-01-08T14:50:44.577Z
url: https://baku89.com/ja/big-d-design
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# Big-D Design

- [What Design Can't Do](/What_Design_Can't_Do)
- [それそのものの話をする](/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E8%A9%B1%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B)

小玉さんに返信で送ろうとおもったが、「圧」が強すぎてやめた

そうですね、本当はBig-D Design界隈、と書きたかったのですが、その説明だけでも終わっちゃいそうだったので、THE GUILDから引っ張って「デザインコンサルティングファーム」と、表現させて頂きました…。〇〇さんは違った位置づけだったかもしれませんね。

来月TDCやJAGDAのイベントに登壇する予定なのですが、同じデザイン業界でも、TDC/JAGDA界隈は（原研哉氏のようにその内側から批判する人も含めて）ちゃんと「視覚伝達デザインとしてのグラフィック」そのものが議論の俎上に上がっているのに対して、Big-D界隈は、事業、UX、キャリア論、コーチングのような、構造や関係性を丁寧に語る一方で、具体的に何に肩入れしていて、どういうものを、どうチマチマと作っているのか、っていう話がおざなりになることが多いなって思っています。

勿論バランスの問題ではあるんですが、個人的には、Big-D Design的なものに、オンスクリーン系の方々の興味はかなり「構造」に傾き気味な気がするんです。そこにはそう振る舞うことへの経済的なインセンティブと、Flash、Figmaのようなツールがもたらした状況など、様々な影響があると思うのですが……。ただ一方で、「既に答えがでたもの」として透明化されるあれやこれやのことがすごく気になってるんですね。G2連続な角丸描けなくていいの? とか、全部がフラットデザイン、Apple Human Interface Guidelines的なものに収斂していいの? とか。

みんなが場や構造、関係性にフォーカスすることで、「それそのもの」を層が空洞化し、退屈になる現象って、いろんな業界で起きていると思っていて。「Web表現がFlash全盛期のころに比べて面白くなくなった」ってボヤく僕らの一回り上の世代のあの感覚って、そういうところにも起因しているのかもしれません。
