Baku Hashimoto

橋本 麦

May 31, 2018

プルタブ回収運動や生徒総会、読書感想文を通してすくすくと育まれた、その場その場で前提とされてしまう「正しさ」の枠組みの内側で考える癖が、芯の食った思考を妨げるような感覚がこのところずっとある。

正しさの枠組みを疑うことは「元も子もなさ」と向き合うことでもあって、何よりナイスではない。芯を食うこと、ナイスじゃなさを奨励する雰囲気に10代の頃からカジュアルに触れられない限り、個人主義も見せかけに過ぎないと思う。

組織にまつわるニュースに触れるたび、義憤すらもエンターテイメントとして消費しているような複雑な気持ちになる。一方で、その歪みの根っこには中高生の頃に経験した(そして自分自身も加担していた)ある種の態度と同じものがあるような気がしてならない。