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title: "CCBT Meetup: Yuk Hui x Masaki Fujihata"
date: 2024-12-01T06:49:25.000Z
updated: 2026-01-08T14:50:47.512Z
tags:
  - memo
url: https://baku89.com/CCBT_Meetup%EF%BC%9A_Yuk_Hui_x_Masaki_Fujihata
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# CCBT Meetup: Yuk Hui x Masaki Fujihata

- [Yuk Hui](/Yuk_Hui)

* [On the existence of digital objects](https://www.upress.umn.edu/9780816698912/on-the-existence-of-digital-objects/)
  - タイトルがやばい
* Post-Europe, [原島大輔](/%E5%8E%9F%E5%B3%B6%E5%A4%A7%E8%BC%94)さんが翻訳中
* 宇宙技芸
  - 山水画のアプローチは西洋絵画と全く違う
* ニューメディアの詩学
  - メディウムを要素として扱い
* テクノロジー、役に立たない可能性
* [PictureとImage](/Picture%E3%81%A8Image)
* 絵画が額縁から出ていって、ホワイトキューブに
  - 鑑賞空間そのものが変化した
* 鑑賞の空間と生活の空間を切り離してはならないんだろうか
* Cultural Studies - Scott Rush? 西洋美術史の問題点
  - 主体と客体、時間と空間、因果律の分離

### Yuk Hui - Art and Medium

- What's the relationship between **digital art** and **medium**

  - art is highly dependent on its medium
  - there's always new media

- Digital art in the age of X

  - AI
  - vR, machine learning and so on
  - いろんなのに呼ばがちなんだ

- meidum specificity メディア固有性

- digital art 死ぬ運命
  - メディアと結びつきすぎているから

- ベンヤミン ”Work of art in the age of technical reproducibility

  - アウラの概念そのものの再発明
  - 写真がアートかじゃなく、どうアートを変えたか

- エポケー、suspend

- アートはメディアの制約に歯向かう
  - マネはacademic realismに歯向かった

- 1963年で「アート」は死んだ
  - 前年、ウォーホルのあの作品の

- idea becomes the mahine that makes art
  - Sol LeWittは人間をマシーンとしてそれをやらんとした

- idea is neccsarily recursive

- Suprematismについて

  - Kazimir Malevich

  - Frank Stella - black canvas

    - キャンバスへの反抗、ものである
    - [System Art](https://en.wikipedia.org/wiki/Systems_art)の先駆者と考えられている

- 絵画はものの美的な現れだったが、ものそのものではなかった
  - のに対する反抗

- net art

- フォノグラフとシネマトグラフ - time-based media

  - しかし線形的はある
  - 単線的な時間性
  - クセナキスとかはちょっと違うアプローチをとった
  - 現象学的な聞き方と、

- epistemology - 認識論的

- non-linearlity

- recursivity

  - recursive process of self-realization
  - この再帰性の使い方、recurrentの方がよくない?

- どうdigital artはmediaに対抗しうるのか

- non-rationalとirrationalは違う

- visiblityは視覚に関することだけだが、sensibilityは五感に訴える

- アートは畢竟、invisibleをsensibleにすること - Paul Klee

- 再帰性の考え方が3つ登場しています

- recursivility is movement, non-linear movement

- ユク・ホイさんの著作を読み、多様な再帰を考え、新たなアプローチを創り出していくことが重要だと受け取りました。これには今日のコンピュータの仕組み（またはプログラミング言語の作り方）自体も変えていく必要があると思いますか？これはノイマン式コンピュータの上でも可能なのかどうか、ユク・ホイさんの考えをお聞きしたいです。

  - コンピューターにおけるmedium conditionは計算可能性

  - computablity 計算可能性にdigital artは対抗すべきだ

    - え?
    - 最大の素数を出せっていうC.S.の宿題ｗ

* ”that is to say“

### Johnson Chang

- 今の現代美術は展示の仕方が西洋絵画にアジャストされている

  - 絵画は「表面」を展示するものであり、「モノ」ではない
  - シリーズものは冊子閉じになっとる
  - 巻物って違うよね
  - っていうのにあっ展示方法を考えてみた

* 空間展示をするときの「空間」への考え方が石庭は違う
  - 庭師はどういうふうにenergyが流れるかっていう流れで考えている\
    日本と中国の文化交流の特徴
* 中国:
  - 詩人や画家の間での文化交流が中心、芸術的な感覚や美意識の共有が行われた。
* 日本:
  - 茶会を中心に、芸術鑑賞の場が発展。、茶道や関連文化において詳細な記録が残されている

現代の視点で再考する必要性

- 文化交流は単なる理解だけでなく、芸術がどのように「創造されるか」に注目するべき。
- 今日の例として、NFTアートのようなデジタル形式が挙げられる。
  - 壁にかけられる絵画とは異なり、画面上での新たな美的体験を提供。

20世紀以降の変化

- モダンアートと西洋的展示形式のアジア導入。

- これにより新たな課題が浮上:

  - 巻物や小型工芸品をどのように適切に展示するか。
  - 小型の工芸品は白いキューブ型展示空間で魅力を失いやすい。

展示形式の課題

- 巻物の特性:

  - 大規模な展示空間では巻物が視覚的に弱く見える。
  - 西洋的な「白いキューブ型」の展示形式は巻物に適さない場合がある。

- 工芸品の問題:
  - 伝統的なアジア芸術は、より親密で個人的な空間に適している。

#### 台湾 yellow box

- 中国古典思想（『易経』の「天は黒、地は黄」など）に基づく。
- 白いキューブ型空間に対抗し、庭園のような開放的空間を構築。
- 自然との調和を重視。
- 外部環境とつながる設計（窓や庭園要素）で新たな体験を提供。
- 観賞者が作品と環境の相互作用をより深く感じられるようにする。
- 現代の美術館や展示空間が提案する新しい美的価値観。
- 伝統的なアジア芸術の特性を尊重しつつ、西洋的展示形式との折衷を図る。
- [三遠](https://kotobank.jp/word/%E4%B8%89%E9%81%A0-70335#:~:text=%E9%AB%98%E9%81%A0%E3%83%BB%E6%B7%B1%E9%81%A0%E3%83%BB%E5%B9%B3%E9%81%A0%E3%82%92,%E6%9C%9B%E3%81%BF%E8%A6%8B%E3%82%8B%E5%BD%A2%E5%BC%8F%E3%82%92%E3%81%84%E3%81%86%E3%80%82)
  - 高遠・深遠・平遠をいい，視点の位置によって異なる三つの構図形式を，北宋中期の郭煕が《林泉高致》の中で理論的にまとめたもの。高遠は山の下から頂を仰ぎ見る形式，深遠は山の前から後をのぞきうかがう形式，平遠は近山から遠山を望み見る形式をいう。これらによって，それぞれ山の高さ，渓谷の深さ，平野の遠さが強調され，特に平遠は，遠い距離感を表現する必要上，大小遠近法が併せ採用され，西洋の遠近法（透視法）に近いものがある。ただし中国山水画では，視点が画面においてたえず移動し，また一図に一つの構図形式が用いられるとは限らない。たとえば郭熙の《早春図》は，三遠法を並列的に併せ用いている。他に北宋末期の韓拙は，雲煙の空気遠近法的機能に着目して，闊遠・迷遠・幽遠を三遠とし（《山水純全集》），元末の黄公望は平遠・闊遠・高遠を三遠とした（《写山水訣》）。しかし一般的には郭熙の三遠をさす。
- Yazi Gardenってなんなんだ
