Baku Hashimoto

橋本 麦

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Diary

フラットデザイン


source: 小さな喫茶店:WEB2.0風 ボタン アイコン素材 (作ってみた。) – livedoor Blog(ブログ)

一時期のWeb2.0的デザインの過度な「リッチ感」に対する反省と、ユーザーの学習によってデスクトップメタファーやスキューモーフィズム自体が用済みになったことからの反動で生まれたトレンドが、フラットデザインで。削ぎ落とすべきは「必要のないリッチ要素」で、決して無差別にフラットにすれば良いって訳じゃないと思う。

何が言いたいかというと、物理的なヒントは残した方がいいんじゃないかなぁ、って話。

ボタンはやっぱり飛び出て見えた方が良い。「あ、ここ押し込めそう」って直感的に分かるから。上に重なったパネルにはドロップシャドウがあったほうが良い。「影が落ちてる方が下なんだな」と分かるから。上下にオーバーフローしたボックスの内側にもシャドウが欲しい。「まだ上下に隠れて見えない部分があるんだな」と分かるから。

ブリーフケースやメモ帳というメタファーが必要でなくなったとしても、テカリや鏡面反射は余計だったとしても、物理的な性質・位置関係によるヒントはもうしばらく有用な気がする。だって「ただの文字だけど、SUBMITって文字的に多分ここはボタンだな?」って類推を効かせるより、いかにも「ボタン!」って感じがしてた方がずっと分かりやすいじゃん。

そういう意味で、Material Designは、フラットデザインのミニマリズムと、物理的ヒントがもたらす直感性のイイトコ取りしてて良さある。


Webデザインやってると、やれpushStateだの、CSS3 Transitionだの、シングルページだの、血眼になって新しいトレンドを追いかけがちだけど、ぶっちゃけ素人目には、そういう1・2年単位で移ろう「イケてるWebデザイン」なんか気にもとめない気がする。

むしろ、僕個人は、そういう「イケてる感」を醸したい時って大概、同業者への「ちゃんとトレンドについてこれてますよ」アピールをしたいって煩悩に支配されてる時だったりする。

そんなことよか、ブラウザゲーでもない普通のサイトにローディング画面なんて付いてほしくないし、これはボタンか? リンクか? テキストボックスか? とかいちいち迷うくらいならはっきり見た目に差をつけて欲しいし、なにより軽いページであってほしい、ってのが一般ピープルの本音なんじゃないかなと思った。

ロングシャドウデザインは論外。

曲率

非ユークリッド幾何学自体はエッシャーが「円の極限」でモチーフにしていた位だし、ジェネラティブアート界隈でもそこそこの頻度で引用されてるモチーフだけど、大体2次元で終わることが多い上に、曲率が一定の空間しか扱っていなかったりする。

以前3次元で曲率がゼロじゃない空間の見え方をシミュレーションする「Curved Space」ってソフト見つけた時、めちゃクソカッコええな思ったっけか。

ところがインターステラは、曲率が一定じゃない空間での光の歪み方を正確にシミュレートした上に、2時間の映画表現に落としこんでいるっていう所がありえない程カッコイイし、この映画でしか活用できなさそうな超ニッチなレンダラーを開発した人を尊敬するし、こう、色々置いて行かれた気がして悲しい。

とか言っちゃう自分の衒学趣味はいい加減自覚はしてるけど、とにかくインターステラ楽しみ

すごさ

すごさ ってシンプルに重要な要素だと思う。

センスの良さって、自分で思っている以上に狭いコミュニティにしか伝わらないものだったりするし。ところがすごさって、ちゃんとすごければ、クラスタを飛び越えて理解してもらえるような気がする。

すごくなさをセンスの良さや手法論、コンテクストでもって誤魔化しているような作品って、同じ作り手の共感は買っても、中学の同級生には「で?」の一言で看破されて終わることが多い気がする。

すごさ欲しい。

アナロジー

マネー・ボールを観た。映画としての感想はいいとして、少し考えさせられるものがあったので忘れないうちに書いておく。

自分たちを、マネー・ボールに登場する「経験と勘に頼るスカウトたち」側の人間だと客観視できる人はそう居ない気がする。

マネー・ボールが結果的にある程度の成功を収めたという史実を知っていて、なおかつ映画を通して三人称視点で見つめることの出来る僕たちにとっては、ビリーもスカウト達に劣らず野球に対する愛はあって、ただその立場と用いた手段の為にチーム内や世間に理解されず、一時はバッシングを受けていたに過ぎないんだ。と客観的に捉えることができる。

スカウト達は、自分たちの経験則を盲信し、ビリーのやり方に「野球は数字じゃない」と反発する老害だ。

ただ、あのスカウト自身にとっては、ビリーは自分達が長年培ってきたモノを数字で否定する合理主義の化身で、目の敵にしていたに違いない。


何が言いたいかというと、アナロジーでもって自分を三人称視点から見つめるという発想だ。

FaceBookで最近Viibarの広告が流れてくる。

クラウドソーシングがクリエイティブ業界を侵食することに対するどことない抵抗感は、もしかしたら、僕がそのうち「勘を頼るスカウト」側の人間になっていくことを仄めかしているのかもしれないと思った。

イージング

ルックは然ることながら、イージングが一つ作品のトーンを作り上げているような映像は観ていて楽しい。

## androp – MirrorDance | dir. 田向潤

andropのMVの中では一番好き。クラップに合わせての初速キツ目のイージングが、
乾いたリズム感を強調していて小気味いい。

## X-MEN First Class Main on End | prod. Prologue

重厚なオーケストラにソウル・バス的なミニマルというギャップがいい。
音のピークから微妙に遅れて、引きずるようなイージングや
不安げに揺れるゴースト表現が、硬派で不安定な空気感を醸し出している。

モチーフの選び方も、オゾンの匂い漂うクリーンルームを連想させるような
2重螺旋を描く構造式、塩基のアルファベットなどの分かりやすいメディカル的モチーフを敢えて避けて、
プリミティブな円と多角形でDNA周りの機構を暗喩的に表現している所がニクい。

## Tei Towa – MIND WALL | dir. 中村剛

絶えず視点が揺れ動いている。
ちぐはぐさを感じさせるブレたイージングが、子供の絵のようなルックに病的さを加えている。

## 砂原良徳 – Lovebeat | dir. 小島淳二

線形補間といったらこれ。
モーションが飛ぶ所も、フレーム落ちや中途半端にキャッシュが残っていた時のAEプレビューみたいなんだけど、
一見エラーのようで計算されつくされている。


多分自分が、日本の局所的なクラスタに居るからってだけなんだろうけど
何となく、目指すイージングが似通っているような気がして。

誇張されたスプリング感と吸着感。
「ニューーーーン!」みたいな。

個人的にだけど大橋さんは、吸着感というよりは、入りと抜きの速度を強めに、中間でフワッと決め絵を見せていくイージングが多くて、少し逆の方向を行ってる気がする。

かくいう僕も「ニューーーーン!」をやってしまいがちではあるんだけど、できることなら案件ごとにイージング感をいくつも使い分けられるようになれたら良いなとか思ってる。

「冷房を下げて」

「冷房を下げて」が2つの意味で解釈出来るの、おもしろいなーと思った

「冷房(の強さ)を下げて」だとあったかくなるし
「冷房(の設定温度)を下げて」だとさむくなる

クリエイティブ・ツイート・マン

大学1・2年の頃、モテクリエイティブ学生クラスタなるものを目の敵にしてディスっていたのを思い出した。

奴らは、別にモノづくりに対して”studious”な状態(意識高い用語)になったことなんて無くて。ただ、イケてる人生を送りたいが為にクリエイティブとかいう洒落た響きの領域にファッションで足突っ込んでるだけでしかないんだ。

その証拠に、奴らのTwitterのプロフィールのURLは、ポートフォリオじゃなくて、いかに自分がクリエイティブなマインドを持っているかを誇示したいがためのエントリが並ぶブログだったりする。

というか、そもそも奴らモノなんて作ってないじゃないか。どこぞやのクリエイティブ・ディレクターの語るアイディア論を引用して、さもその真意を汲めているかのように「わかるなぁ〜」ってツイートする。奴らはクリエイターなんかじゃない。クリエイティブツイートマンだ。

質の悪い事に、奴らはセルフブランディングだけはいっちょ前なんだ。クリエイターとクリエイティブツイートマンを区別出来る程のリテラシーの無いクリエイティブミーハーバカを囲い込んでるから、無駄にフォロワー数多いし。

とはいえ、どうせ就活ではうまいこと「オモシロい学生」を演出して、家入一真に気に入られたり、電博なりいって、クリエイティブを武器に一生モテて行くんだ。

とか、そんな風に決めてかかって彼らの事を観察していたと思う。

今、彼らが何をしているかといえば、本当に電通行った方も居るし(いや、多分かなり手を動かしていた方だったと思う けどFacebookの職業欄には「便通」と書いてある)、起業された方もいれば、学生を続けている方もいる。

ただ、かくいう僕も、そういうTwitterに蔓延るエセ・クリエイティブ・マインドを看破して、攻撃し続けるという戦略でもって「カウンター精神に溢れたオモシロい学生」を演出していたような気もするし、「あざとさ」という意味では彼らも僕も多分、同じカテゴリに分類されていたのかもしれない。

黙っていいモノ作る人がやっぱ一番イケメンだと思う。つくづく感じる。

試行錯誤

トライアル・アンド・エラーって言う奴は大概クソだけど、トライ・アンド・エラーっていう奴はよりクソ。

Nic Hamilton

グリッチやローポリ・ローファイ表現をふんだんに取り入れてて。

さもなくば既視感にあふれた「インターネットっぽい」映像になる一歩手前で、それぞれのモチーフを少しずつ曲解して、独特の佇まいがサムネイルからして醸し出ている所がエロい。




リッチ

CSSアニメーションやらパララックス多用したWebデザイナーのポートフォリオよりも、更新のつどHTML直で書き換えてアップロードしている感じのイラストレーターさんの個人サイトの方が普通に読みやすかったりする。

基本的にページ遷移時のフェード効果嫌い。
素人、Webデザイナー両方の目線でそう思う。

リソース全部読み込み終わるまで真っ白い画面でくるくるが回ってるの見せられるよりか、
画像が読み込まれる度、ボックスがガクンガクン縦に伸びていくの見えていた方が、多少不格好だけど親切に思える。

とはいえ、「イマドキこの程度のリッチ表現も出来ないんだー」とか思われるのが怖いから、ついつい要らんアニメーションとか盛ってしまう自分もいて。